知る人ぞ知るワンオフモデルのマクラーレンF1|特徴はヘッドライトにあり

RM Sotheby's

マクラーレンF1は30年近くにわたり、自然吸気エンジン搭載車として史上最速を記録し続け、自動車史における伝説として語り継がれている。モータースポーツの名門でありながら、市販車を製造したことがなかったマクラーレンが、コスト度外視で史上最高のロードゴーイングカーをめざして開発したのがF1だ。

細部への徹底的なこだわりと革新的な設計プロセスにより、マクラーレンは途轍もない力作を生み出し、F1はまさに業界に旋風を巻き起こしたのである。F1は、メーカーが掲げた高い目標をすべて達成しただけでなく、マクラーレンはさらに一歩進んで、レースにも参戦し、1995年のル・マン24時間レースで初優勝を飾った。これは、F1がレースを想定して設計されていないことを考えると、まさに驚異的な快挙であった。イギリスからル・マンまでマクラーレンF1を走らせ、レースで総合優勝を果たし、そのまま車を走らせることも、十分に可能であったはずだ。現代のモータースポーツにおいて、そのような偉業は二度と実現できないだろう。



マクラーレンのF1は20世紀最高の車だと主張する人は多い。大胆な主張かもしれないが、この車が業界に与えた影響とモータースポーツでの成功を考えれば、正当なものである。コレクターズカー業界では、マクラーレンF1は、フェラーリの250GTOやアルファロメオ8C2900のような象徴的な車のように、魅力的で価値のある車として評価されるようになりつつあるようだ。この3台は、それぞれの世代で最高のデザインとパフォーマンスを発揮する、まさに三位一体の車なのだ。8C 2900と250GTOは、何十年にもわたってコレクターの頂点に君臨し、マクラーレンF1は、この特別なクラブに加わるにふさわしい、「ビッグ3」であり、3台すべてを所有することは、それぞれのオーナーが世界トップレベルのカーコレクターの1人であることを示している。



自動車産業が電動化に向かう中、F1は自動車性能の歴史における分岐点であり、その登場以来、多くのデザイナーやエンジニアが、インスピレーションの根源としてきた自動車であると考えられている。イーロン・マスクはかつて次のようにツイートしている。

「19年前、私の最初の会社が買収されたとき、パロアルトに家を買うか、マクラーレンF1(最高の車だと思う)を買うか、どちらかを決めなければなりませんでした。勝負にもなりません。私はF1と、車と比べるとずっと安い小さなマンションを買いました。新型テスラ・ロードスターは、あらゆる面ですべてのガソリンスポーツカーを超えるでしょう…」と。

新型テスラ・ロードスターはまだ生産に入っていないとはいえ、彼のF1がマスク、ひいてはテスラに大きな影響を与えたであろうことは明らかである。



当時、マクラーレンF1の技術革新は魅惑的というほかなく、そのほとんどは今日生産されるスーパーカーやハイパーカーの主力として残っている。マクラーレンF1は、アクティブ・エアロダイナミクス、エンジンルームの熱を反射させる金箔、工場にいる技術者と通信して遠隔で問題を診断できるモデムシステムなどを備えた最初の車であった。



手書きで書かれたオーナーズマニュアル、ケンウッドが特注した世界最小・最軽量の6ディスクCDプレーヤー、羽のように軽いファルコムのツールキットなど、細部に至るまでこだわり抜かれた車だ。発表時の定価は634,500ポンド(約1億円以上)と、新車としては最も高価な車であった。しかし、F1を新車で購入することができた幸運な人たちは、皆その値段に納得していた。






8月16~20日に開催されるRMサザビーズ主催のオークション「SOTHEBY’S SEALED」で、少し特別なヒストリーを持つシャシーナンバー059のF1が出品されることとなった。

マクラーレンF1が生産され、納車された車たちの走行距離が伸びてきた頃、この車にはヘッドライトに弱点があることが判明した。夜間走行時、純正ヘッドライトの出力が著しく低下し、時速240kmで走行するには照射力不足になってしまうのだった。この問題を解決するため、ファクトリーはすぐにこのシャシー・ナンバー059を実験台として、既存のヘッドライトをBMW Z1ロードスターのものと交換し、ヘッドライト・ハウジング自体も若干短くしたのである。



シャシーナンバー059は、F1で唯一、独自のヘッドライトを装着したモデルであり、64台のロードカーの中でも、知る人ぞ知るワンオフモデルとなった。マクラーレンはその後、ロービームランプとハイビームランプの位置を入れ替え、ロービームランプを別のプロジェクターに交換することで既存のF1のヘッドライト出力を向上させた。

この車のシャシーナンバーである「059」は、1995年のル・マン24時間レースで総合優勝を果たしたF1のレースナンバーと同じであり、モータースポーツ史におけるF1の重要性を強く意識したものである。この車は、1998年4月に97台目のマクラーレンF1として完成・納車されたもので、マクラーレンとF1を知り尽くした最初のオーナーでも、このシャシーナンバーに関する事実を知らなかったはずだ。



その最初のオーナーとは、イギリスのリンカンシャー州ボストンに住むジョン・スタッドホルム氏である。スタッドホルム氏は、タイプライターのカセットを製造するダイナミック・カセット・インターナショナル社を設立し、その後、プリンターのインクジェットカートリッジの製造に移行した。この車はスタッドホルム氏にとって初めてのF1ではなく、シャシーナンバー059を購入する際に、シャシーナンバー017をマクラーレンに下取りを依頼しており、また彼はF1 GTR 14Rも所有していた。マグネシウム・シルバーにブラックのアルカンターラとレザーの内装を施したシャシー・ナンバー059は、1998年5月にスタッドホルム名義で英国で登録され、すぐに彼の元に届けられた。納車から7ヶ月後にはマクラーレン・スペシャル・オペレーションズによる整備が行われ、ハイ・ダウンフォース・キットと18インチ・ホイールが装着されたことが記録されている。



059の最初の整備が行われた時点で、すでに約4,676マイルほど走行していた。マクラーレンは、F1がどんな状況でも常に最高のパフォーマンスを発揮できるよう、細部に至るまで徹底的にこだわり、その整備記録は読み応えのあるものとなっている。サービス前後のクローズドサーキットでのテストや、特注のケンウッド製6枚CDチェンジャーに収められたCDの内容まで、MSOに到着した時点で記録されていた(クイーン、エルトン・ジョン、フリートウッド・マックがスタッドホルムのお気に入りだったのだろう)ほど、サービスには一切の抜かりがなかったのだ。この車は所有期間中は、定期的に整備されており、1998年から2012年までの各整備の請求書が保管されている。記録によると現在の走行距離が16,400マイル以下となっている。重要なのは、これらの記録から、車は決して酷使されず、常に適切な手入れを受けるために工場に戻されていたことがわかることである。



このF1は、2012年末に2代目となる現オーナーに引き取られ、米国に輸出され、新たに世界的なコレクションに収められた。その間、走行距離は300マイルにも満たず、大部分は空調の効いた倉庫で保管され、追加の走行距離は倉庫内で時々行われた移動によるものである。

もしF1を所有すると、車はマクラーレン・スペシャル・オペレーションズによってしっかりとサポートされ、ツアーやコンクール・イベント、一般道など様々なシチュエーションで車を運転し、楽しむことができる。この時代の他のスーパーカーと異なり、F1のフットプリントは比較的小さいものの、多くの収納スペースがあるため、長期間の旅行や日常的な使用も可能なのが嬉しい。



モータースポーツ誌は、F1を現代のライバルと比較して、
「最高の頭脳と最高の技術的資源を駆使して作られた車。これ以上、自動車に何を求めるというのだろう」
と述べている。

現在、106台製造されたF1のうち、複数のF1が大規模なコレクションに並んで存在し、現在のF1オーナーの数は、100人をはるかに下回っているのが実情だ。このF1を手に入れれば、何百万人ものエンスージアストが夢見る、おそらく数百人にしかできないことを達成することができるだろう。



今回のオークションは、過去10年間、現在の所有者のもとでは公の場に姿を現さなかった、ユニークで歴史的にも重要なF1を手に入れる素晴らしい機会となっている。

オクタン日本版編集部

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