「まるで芸術品」アルピナ本社でレストアを受けたB7Sターボ・クーペ|帰国後の姿を撮りおろす

Ryoma KASHIWAGI

『オクタン日本版』では2度登場している、ドイツ・ブッフローエのアルピナ本社でレストアを受けたB7Sターボ・クーペ。今回は日本に帰国後初めてその姿をご紹介することとなった。1982年式、ちょうど40年前に生まれたアルピナの至宝が、都内某所に舞い降りる。



いつまでも眺めていたくなる


「まるで芸術品ですね……」
誰かがため息をつくように呟いた。撮影場所となった都内某所の界隈は上品な場所であり、元々上品な車が似合う場所ではある。しかしそこに滑り込むように現れたアルピナグリーンを纏う1982年式アルピナB7Sターボ・クーペは、その風景に馴染みながらも、瞬く間にその場の主役となり、いつまでも眺めていたくなる独特の輝きを放っていた。



こちらのB7Sターボ・クーペについては既に2度登場しているので、本誌読者諸兄にとってはお馴染みの1台であろう。とある日本人アルピナ愛好家が、歴史的背景と特別な仕立てに魅了されて手に入れ、その後ドイツ・ブッフローエのアルピナ本社でレストアを受けたことはご紹介済み。そして今回は、日本に戻ってきてから初めてその姿を撮りおろすことになった次第だ。

アルピナ愛好家であり歴史家


330psという当時としては驚異的なパワーを持つこと、スペシャルカラーであるアルピナグリーンを初めて纏ったアルピナであること、この車だけに用意された特別なグリーンのタータンチェック柄のシートであったこと、30台の限定生産であったこと……。

B7Sターボ・クーペを選んだ理由について以前オーナー氏は上記のようなポイントを挙げているが、「付け加えるなら、1980年代アルピナの中で最高峰に位置する車であること、そして当時は同じ車体でNAとターボが選べた時代なので、既に所有している(NAエンジンである)B10 3.5との違いが知りたかったことでしょうか」と今回語っている。

先にアルピナ“愛好家”と書いたが、オーナー氏は様々なアルピナを所有してきただけでなく、その歴史にも興味がわき、今や世界有数のアルピナ歴史家でもある(と筆者は思っている)。そんなオーナー氏だからこそ改めて訊きたかったのは、アルピナに共通する魅力だ。以前の取材でオーナー氏は『アルピナの美徳は、Understatement、つまり控えめである』、『一般的にチューンナップというとベース車を否定するところから始まることが多いが、アルピナには全くそれがない』、『明らかに“スーパースポーツカー”の領域であるのに、そのボディタイプはセダン/クーペであり、ファミリーで乗ることが出来る実用的な車である』、『これだけの高性能エンジンを搭載しているにも関わらず信頼性が高く壊れにくく、実用性のある車である』といった内容を挙げているが、今回の取材でこうも付け加えてくれた。

「アルピナは昔も今も車造りの方向性は全く変わっていないと思います。エンジンはピークパワーを求めるのではなく、回転数でいえば低.中間域のピックアップとトルク重視。サスペンションはしなやかに動き、結果として乗り心地も良好です。また、アウトバーンを高い速度を維持したまま長時間走り続けても疲れることがなく、長い移動距離において目的地に早く到達出来るということに主眼をおいているものと思われます。これらの事柄は完成したB7Sターボ・クーペについても同様です」

ではその B7Sターボ・クーペについて、オーナーとしての印象を訊いてみよう。

「まず、圧縮比7.5というスペックから想像出来ないほど低回転域からトルク豊富でピックアップ、レスポンスの良いことに驚きます。最大トルク500Nmが2500rpmという低い領域で発生されていることをスペック表で確認して納得しました。あくまでメカニカルチューンを突き詰めて、ターボによる過給はさらに上乗せパワーを求めたエンジンなのではないかと思います。ただし、機械式インジェクションシステム( Kジェトロ類似のPIERBURGDL)のため、全回転域で綿密な燃調セッティングは難しいらしく、アイドリングはラフかつ振動が大きいです。2000rpm以下ではギクシャクしてしまうため、20km/h前後の低速域で加減速を繰り返すのは得意では無いです。

クラッチは意外なほど軽くて、シフトはショートストロークです。全体的にハイギヤードなので、まるで1速が無い6速MTの様。足回りは充分なストロークと高精度なダンパーのおかげで、しなやかかつロードホールディング良好です。ブレーキはローターこそ小さいものの、この時代のBMWでは珍しい対向キャリパーが採用されており、充分なストッピングパワーを発揮します。ちなみに真夏の炎天下でなければクーラーは効きますし、水温も安定しています」



そんなB7Sターボ・クーペのレストアについて、日本“帰国後”の印象も訊いた。

「日本に帰って来てから完成された状態を見て特に感心したのは、各機関部の仕上がりの美しさです。サスペンションアームやボルトナットに至るまで新品同様に仕上げられていました。ボディワークも素晴らしいものでした。所謂ベアメタルレストレーションで各ボディパネルの面はキレイに出ていますし、アンダーボディ、エンジンルームの隅々まで手を抜くことなくキレイに仕上げられていました。ピンストライプのデコラインは、現在も生産されている直線状のものを手で曲げながら一本一本貼るという手法で再現されていました。言葉で説明するのは非常に難しいのですが、本来は3種類のパターンの組み合わせで構成されており、同一パネル内であっても何箇所も継いであります」

そう、アルピナのアイコンとも言えるデコラインだが、今回その複雑な模様を現場で改めて観察し、これをデザインした人は天才ではないかと思えてきた。ひとつ間違えると下品にもなりかねないゴールドのラインが、アルピナに気高さを与えているのだと。そしてアルピナ黎明期に発明された天才的なラインは、その後歴史を積み重ねてきたことで、芸術へ昇華したのではないかと……。



そんなデコラインを与えられたB7Sターボ・クーペは、E24型BMW6シリーズが元からエレガントなスタイルを持っていたこともあるが、この原稿の序盤でオーナー氏が魅力として挙げてくれた様々な仕立てが重なったことで名機となり、アルピナの歴史に置いて、アイコンとも言える1台になったのだ。

日本に戻って来てからの追加作業は以下のとおり。ナンバープレートステー取付、ETC取付、オーディオ取付、3500K(電球色)のキセノンヘッドランプへの換装、リモコンドアロック取付、メーターパネル等のインパネ内電球交換、ボディコーティング、内装クリーニング &レザーコーティング、新車装着タイヤと同意匠のトレッドパターンを持つピレリP7クラシックへの換装となる。

今回、アルピナらしいレストア作業に感心したオーナー氏だが、惜しかった部分ポイントも敢えて挙げてもらった。「新品パーツの入手出来ないサイドウインドウモール、キドニーグリルが古いままだったことと、内装に関して、張り替えたシートの黒革部分以外は古いままで、特にクリーニングした様子もなかったことでしょうか」

40年前の車とは思えない


……と本来はここまでで原稿を終える予定であったが、撮影後、オーナー氏のご好意で少しだけ試乗する機会を頂いた。今振り返ると、B7Sターボ・クーペという車を知るには、先に記したオーナー氏のコメントが全てだと実感していて、試乗はそれを確認する作業であったというのが偽らざる本音だ。

しかしそこに自分の言葉を付け加えるなら、40年前の車とは思えないほどボディがしっかりしていたこと、その恩恵もあって足まわりがしっかりと動いて懐が深く感じたこと、確かに低速ではギクシャクするが3000rpmくらいから安定したこと、ターボがガツンと効くのではなくエンジンパワーを幅広く補ってくれるタイプであることなどとなる。

試乗中はその一挙手一投足に感心し、1982年にこんなクオリティの高い車が存在していたなんて、と素直に驚いた。恐らくはこの時代の極上であったのだろう。それは現代におけるアルピナが極上であるように。アルピナは一夜にして成らず。それを肌で感じることができた1日となった。

後世に遺されていくもの


今年3月に流れた、BMWがアルピナのブランド商標権を取得したニュースに驚かれた方も多いだろう。現体制は2025年末までとなり、以降はBMWがアルピナと名の付く車を製造、販売することになる。

長年受け継いできたアルピナの魂がどこにどう残されていくのか、現段階では知る余地もない。しかしアルピナはそのプレスリリースの中でクラシックカー事業への参入も明らかにしており、オーナー氏も「B7Sターボ・クーペのような素晴らしい過去の遺産を正しく後世に遺すために、レストア、パーツ供給などの事業に期待したいですね」と語る。

歴史は語り継ぐ人がいれば、後世に遺されていくもの。B7Sターボ・クーペはその姿でアルピナの歴史を語る、まさに生き証人のような存在だと思ったのであった。




文:平井大介 写真:柏木龍馬 Words:Daisuke HIRAI Photography:Ryoma KASHIWAGI

文:平井大介

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