生誕50周年プロジェクト|幻のカウンタックLP500 「復刻」ストーリー

Shinichi EKKO



衝撃的なデビューを飾ったLP500


さて、LP500復刻プロジェクトへ話を戻そう。ご存じのようにLP500は1971年のジュネーヴモーターショーでデビューを飾ったランボルギーニのフラッグシップモデルであった。ベルトーネに所属していたマルチェッロ・ガンディーニによる独創的なスタイリングと、ランボルギーニのチーフエンジニアたるパオロ・スタンツァーニという二人の天才が生みだしたLP500はカウンタックと命名され、長きに渡ってランボルギーニの経営を支えた。そして、そのDNAは現在のランボルギーニにも明確に受け継がれている。

このLP500は単なるモックアップではなく、走行可能なランニング・プロトタイプであった。果たしてこのLP500は発表と共に大きな反響を呼び、プロダクションモデルへ向けて開発が進められ、1974年からデリバリーが開始された。その開発の間にそのオリジナルのフォルムはエンジンの放熱や居住性の問題からある意味改悪が行われることとなり、LP500の持っていたクリーンなスタイリングは神格化されていった。ところが、そのLP500プロトタイプはどこに行ったかというと、1974年に市販化のためのクラッシュテストの犠牲となりこの世から消えてしまっていたのだ。オイルショックの勃発により経営状態が悪化していたランボルギーニにとって、これから販売が想定される車をテストにために破壊する余裕はなかった。

半世紀を経て、現存しない車が甦った


2021年はカウンタックにとって生誕50周年という重要なメモリアル・イヤーであった。そこではLPI8004というカウンタックの名を冠する限定モデルが、開発コードにちなんで112台生産されることが発表され、世界のカウンタック・ファンは大いにエキサイトした。しかし、実はもう一つの真打の存在が隠されていた。ランボルギーニ・マルツァルをはじめとして、多くの希少なランボルギーニを所有するアルベルト・スピースはその数年前に、ポロストリコへとLP500復刻プロジェクトを提案していたのだ。ポロストリコにとって、この素晴らしくも、極限の難易度を持ったプロジェクトに取り組むことに何の躊躇があっただろうか?3年間を掛けてこの復刻LP500は完成し、50周年のハイライトとしてスタンバイしていたというのが誕生の経緯だ。昨年10月に北イタリアで開催されたコンコルソ・デレガンツァ・ヴィラデステにて、ついに力強く走行する雄姿を見せてくれたのであった。

この難題のすべてをコーディネートしたのがポロストリコであった。世界中のメディアやコレクターから復元の参考の為に集めた写真は100枚を軽く超えたという。ベルトーネの関連サプライヤーやランボルギーニのOBたちの協力も得て、1971年のジュネーヴショー出展時の仕様を確定できるように追い込んでいく。しかし、手作業でモデリングされたこのプロトタイプには、一番重要なボディシェイプを確定するための詳細な図面は存在しなかった。図面もなく、実車も存在しない車を正確に復元することが如何に難しいことであるかは、カーデザインに関わった者であれば誰でも理解するだろう。

平面の写真にはレンズによる歪があるため、3Dデータ作成にはあくまでも参考にしかならない。そこでミティア・ボルカルト率いるランボルギーニ・チェントロ・スティーレは様々なアイデアを用い、莫大な時間を掛けて3Dデータを完成させた。「存在するLP400プロトタイプを2000時間掛けて3Dスキャンし、そのデータを元に手作業でモデリングを進めました。リアフェンダーの複雑な曲面、リアフェンダー上部ルーバーの微妙な不均衡な並びなど、時間はいくらあっても足りなかった」とミティア。完成させた3Dデータを元に原寸大のクレイモデルを作り、それを納得いくまで修正していったのだ。この拘りは、カウンタック命という強い想いから、ランボルギーニのチーフデザイナーの座を獲得したミティアがいたから実現したと筆者は理解する。

あくまでもモノコック構造にこだわる


完成したマスターモデルをベースにトリノのアルミ板金職人がハンドメイドでパネルを作成していった。この復刻プロジェクトにおける最大のこだわりであるシャシー製作も同様に彼らによって行われた。プロダクションモデルのカウンタックがLP400以降、すべてパイプフレームにアルミ等の表皮を張り付けたフレーム構造であったのに対して、LP500だけはモノコック構造なのだ。既存のフレームを用いてしまえば簡単だが、このLP500の存在意義のひとつがこのモノコック構造であることを、製作を依頼した顧客も、ポロストリコのメンバーもよく解っていた。

平行してエンジニアリング系の開発が行われた。エンジンは基本的にエスパーダに搭載される 4リッター仕様をベースとした。LP500の場合、オイルパンもボディ強度を保つ構造物となるうえ、マウント位置も異なるため、LP400をはじめとするカウンタックのエンジンは用いることが出来なかったのだという。そして、ラジエーターのポジションやパイピングもオリジナルに忠実だとスタッフ達は胸を張る。ラジエーターへ走行中に上手く空気が抜けない為、1971年以降、LP500は幾たびもモディファイされたが、この復元モデルでは初期の仕様へと完璧に戻されている。また、インテリアも大いに拘ったところだ。当時のマテリアルを用いながらも、どのスイッチやゲージも機能するように仕上げられているではないか。

コンコルソ・デレガンツァ・ヴィラデステという晴れの舞台でデビューを飾った LP 500。それはまさにカウンタック生誕 50周年のハイライトであった。

この復刻モデルがヴィラデステ庭園へのアプローチへと向かってくるシーンに筆者は出くわした。このとてつもなく背の低い黄色い物体は、まさにタイムレスであり、そのサイズ感も自動車のそれとは思えなかった。周囲の皆が声を失った一瞬であった。まさに宇宙人にアブダクト(拉致)され50年前へと私達の魂がタイムスリップしたかのように… そして私達はつぶやくのだ。「カウンタック(なんだこれは!)」と。


…次回は、LP500“復刻”の過程を写真で振り返る。


文:越湖信一 写真:越湖信一、ランボルギーニ、AlbertSpiess、Lamborghini PoloStorico、Lamborghini CentroStile、BMW Group Classic

オクタン日本版編集部

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