アウディの過去と未来【後編】|峠で味わう「咆哮」と「静寂」

Audi / Julia Schafer

この記事は「アウディの過去と未来【前編】|5気筒ターボとクワトロシステムの進化をたどる」の続きです。


TT RS


だが、復活の時がやって来る。1999~2017年にクワトロGmbHで開発を率いたシュテファン・ライルは、あの活きのよさを取り戻したいと考えた。2006年のB7系アウディRS4を覚えているだろうか。4.2リッターのV8を縦置きし、対角線上の前後ダンパーを接続させたモデルだ。活きのよさで、たちまち現代スーパーサルーンの伝説となった。

では、クーペはどうだろうか。たしかにTTは登場したが、そのベースはVWゴルフで、エンジンは横置きだ。四輪駆動“クワトロ”システムも、実はゴルフ・シンクロに搭載されたVWのオンデマンド4WDだった。その上、最もスポーティーなTT Sでさえ、2リッターの4気筒エンジンで、出力は272bhpに留まる。

コーヒーブレイクの際に、ライルは私にこう話してくれた。
「TTRSには、個性と大幅なパワーアップが必要だった。私はアメリカでメキシコ製のVWジェッタをドライブしたことがあった。2.5リッターの新5気筒エンジンは、鋳鉄ブロックで、直噴でもターボでもなかった。だが私は、これは使えると思ったんだ」

もちろん、TTRSに搭載するためには手を加える必要があった。「構造はそのままで、ブロックにはもっとよい素材を使い、鋳造もディーゼルのTDIと同じやり方で強度を上げた。非常に高くついたよ。ピストンもシリンダーヘッドもすべて新しくした。その結果、出力は360bhpに上がった」



あの特徴的なアウディのサウンドには、点火順序が重要だ。
「2本のシリンダーは近く、3気筒目は離れる。1-2、4-5、3だ。耳に届くのは、排気の塊が内部でスイングする波動なんだ。移動が長いときと短いときがある。それがあの音色になり、音響エンジニアがそれに磨きをかける。まさしく、あの車の真の魂だ」

彼のいうとおりだ。TT Sは、感触もサウンドも、もっと速いが細身で窮屈なゴルフGTIに似ていたのに対し、初代TTRSは、どこか特別感がある。2009~14年まで生産された TTRSのうち、試したのは2012年型で、355bhpを発生する2480ccの直噴(TFSI)5気筒ターボを搭載する。このエンジンは、世界のモータージャーナリストが選考する「エンジン・オブ・ザ・イヤー」を2010年から7年連続で受賞した。

TTRSは、スポーティーなアウディはかくあるべしという歌声を響かせる。洗練性は損なわず、しかし常に確かな存在感がある。かつてポルシェのフラットシックスがボクスターやケイマンにしたのと同じ役割だ。トルクは太く(1650~5400rpmの広い回転域で343lb-ftを発生)、0-60mph加速は4.3秒でカバーする。



TTRSは、この名高い峠道で、今日最もエンターテインメントな1台であることを証明して見せた。古いクワトロより抑えが利いており、S2よりはるかに鋭敏で生き生きしている。最新世代に比べると、ステアリングのフィードバックは間違いなくアナログだ。本格的に楽しめる昔ながらの6段マニュアルシフトもある。TTRSは、あの古いゴルフMk.5/6のプラットフォームにどれほどの潜在能力が秘められていたかを証明するかのように、すべてを最大限に活かしているのである。

チュリニ峠でRS3を楽しむ


このあと、山を下って国境を越え、サンレモに向かうが、その前に、最新のRS3の助手席に乗り、その性能を見せてもらう。RS3はアウディの5気筒エンジンの最新型で、新アロイブロックにより、フロントアクスルにかかる重量を24kg削減している。最新バージョンのアウディ四輪駆動パワートレインは、エンジンが横置きだ。ステアリングを握るのは、アウディの開発兼テストドライバーのマイク・ディースナーである。私はヘルメットを手渡された。明らかに、これからの数分間はお遊びではない。舞台は、閉鎖したチュリニ峠のかつてのコースだ。

私がシートベルトを締めると、ディースナーはこう話した。
「全輪駆動には、限界域でアンダーステアを示す傾向がある。新しいRS3では、トルクスプリッターによってリアアクスルに分配される荷重が増えるから、車のドライビングダイナミクスはオーバーステアを示すようになる。RSのパフォーマンスモードなら、非常に速く走ることができるよ。RSのトルクスプリッターは、俊敏なドライビングという面で飛躍的向上をもたらしたと思う」

お手並み拝見だ。“トルクスプリッター”は、発生トルクの最大50%を左右のリアタイヤに分配する機能である。ディースナーはダッシュボードのセッティングをポンポンといくつか押した。トラクションコントロールは完全にオフだ(ありがたいことに、エアコンは涼しい設定のまま)。そして轟音を上げて発進した。全コーナーでハードブレーキ、全開で立ち上がる。たしかにテールは揺れるが、暴れるわけではない。彼が次々に繰り出すスライドに、思わず顔がにやけてしまった。これは、アウディの主流モデルでありながら、昔気質の後輪駆動のように楽しめる車なのである。



そして流れるように走る。これとは正反対だったのが、忘れもしない、2013年にハンヌ・ミッコラがドライブするグループBのクワトロA2に同乗したときだ。やはりスロットルとブレーキを激しく踏みつける走りだったが、どのコーナーでも糊で貼りついたようにリアがフロントの航跡をたどってしまうので、何とか滑らせようと、ミッコラはステアリングを鋭く切り足していた。だがターマックでは、リアは頑としていうことを聞かなかった。

e-tronでサンレモのコースをトレースする


翌朝、サンレモは陽光に包まれていた。きらめく地中海を眺めながら朝食を取る。今日は、かつてのラリー・サンレモのコースをたどってサン・ロモロまで登る。ブロンクビストは既に出発していた。彼の1984年グループBスポーツ・クワトロ・ラリーS1は、カラーリングも当時そのままのVWLTのサポートバンに牽引されていく。荷台だけでなく、バンにも多くの車好きが目を剥いていた。

私はまた別の“quattro”に乗る。今度は歌声も咆哮もないが、体をシートにめり込ませる能力はさらに上だ。あるのは不気味な静寂だけ。電動SUV“クーペ”のe-tron Sスポーツバックである。高性能版ドライブトレインを擁する、いわば背の高いスーパーホットハッチだ。



標準のe-tronは2基のモーターを備え、大型のモーターをリアに搭載して後輪を駆動する。しかし、これは“S”だからモーターは3基だ。大型モーターをフロントに搭載して前輪を駆動し、2基の小型モーターがそれぞれ左右の後輪を駆動する。状況に応じてトルクを分配し、コーナリングで後輪をより活用しようという構造だ。 出力500bhp、トルクは驚きの717lb-ftだから、力強く山道を駆け上るのも想像の範囲内かもしれないが、それでも思わず目が飛び出る速さである。感服したのが洗練性だ。ノイズを隠すエンジン音がないのだから、なおさら見事である。コーナリングは安定感抜群で、切り返しもキビキビと余裕でこなす。全高は高く、車重は2.6トン(!)におよぶ5シーターであるにもかかわらず、地面に吸い付き、ロールもしない。たいへんな運動量を抑え込んでいるはずだ。

それにしても、2.6トンである。あまり“グリーン”とはいえないだろう。航続距離は公称221マイル(約355km)だが、試乗記事などによれば、スロットルペダルを叩きつけ、美しくしつらえられたキャビンの快適機能を残らず楽しむと、航続距離は160マイル(約257km)程度に低下するようだ。未来はもっと明るいものであってほしい。

頂上では、アウディRS e-tronGTが待っていた。ポルシェ・タイカンをインゴルシュタットで模様替えしたと考えてもらえばいい。4ドアの長いボディが地面を低く覆う。最高637bhp、0-62mphを3.3秒で駆け抜ける。4シートに、使える広さのトランク。スケートボードのようなアンダーボディ、2基のモーターがそれぞれ前後輪を駆動する。この荒れた山道でも、乗り心地は素晴らしくしなやかだ。そのペースには頭がついていけないほどで、コーナーからコーナーへ、ラインを考える間もなく駆け抜ける。ツイスティーな道でも、あまりにも高いスピードを保ったまま飛び込み、立ち上がってしまうので、私はめまいを感じ始めた。これまでに公道を走行してめまいを覚えた記憶はないし、ましてやサルーンでは経験がない。車重は2.3トンで、やはり許容できる範囲を超えているが、いわれなければ想像もできないだろう。



サンレモに到着すると、私はよろよろと車を降り、気付け薬のエスプレッソを求めにいった。腰を下ろすと、横をブロンクビストがさっと通りすぎた。耐火スーツに身を包み、ヘルメットを手にしている。閉鎖路にしたラリー・サンレモの過去のステージで、またS1のデモ走行をするのだ。未来の電動クワトロは既にここにある。アウディは10年以内に全モデルの電動化を約束している。スピードも効率も抜群なことに疑問の余地はない。それでも私は、かつてのサウンドを何よりも恋しく思うだろう。それは、ブロンクビストが導火線に火を付け、直5がロケットのような轟音を上げて目覚めた瞬間に痛感した。あの交響曲が岩肌にこだまする。首筋が総毛立つのを感じた。




編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下恵 Translation:Megumi KINOSHITA
Words:Glen Waddington Photography:Audi / Julia Schafer

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下恵

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