1895年にタイムスリップ?|モーリス・ドニ美術館で19世紀のピクニックに参加

Tomonari SAKURAI

僕の住む街サンジェルマンアンレイにはモーリス・ドニ美術館がある。ナビ派の画家モーリス・ドニが住んでいた家を美術館にしている。こちらに越してきた当時は、改修工事やコロナ禍で行く機会がなく、今回初めて訪れてみた。

この町には作曲家のドビュッシーの生家を博物館にしたところがあり、そこには何度も出かけている。ここは、たしかに広さのあるところだがあくまでも個人宅らしい広さだろうと想像してモーリス・ドニの美術館に出かけた。それは大きな間違いであることがすぐに気がつく。なんといっても広大な庭がある。そして何より母屋には見上げる高さの天井を持った教会がある。その家を使ってモーリス・ドニの作品を展示しているのだ。

自宅にこの規模の教会があるって…

美術館内。ドニの代表作の一つL'Échelle dans le feuillageが見える。ここはドニの家の部屋の一つである。

今回は、この美術館だけではなく、訪れた当日に行われていたイベントを紹介したい。そのイベントの主旨は、この庭でピクニックをしようというもの。ピクニックが催されている間、会場となった庭ではモーリス・ドニが生きた時代が再現された。そこには1895年の服装を身に纏った人たちが現れ、その時代に紛れ込むことができる。

サイアノタイプを実演していたファビアン。サイアノタイプは植物採取の時の植物の保存などを探っていて偶然生まれたもの。そこで、その当時の植物採取用のバッグも用意されているこだわりようだ。

もっとも、最初は、19世紀のコスプレをした人が現れる程度だろうと考えていた。観光客の多い古い町では、観光シーズンになると中世の装束を身に着けたアルバイトとかがレジを担当したりする。ところが足元を見てみると、今どきのスニーカーを履いていたりする。言わば“なんちゃって”なのだ。実は今回もその程度だと思っていた。

ところが出かけてみると、なんとも隙のない装いで、本当に19世紀に紛れ込んだ思いがした。話しを伺うと、この服装は特に今回のテーマである「1895年」に的を絞って用意したものだという。この年にだけ流行った膨らみ袖のスタイルを再現している。

お婆ちゃんに、お母さんそして子供達と三代で参加している。おばあさんの孫へのポーズの指導が入ってから撮影。

黙々と写生するご婦人。

その横で休日を楽しむご主人、といったところ。

そんな話をしているとこの美術館の館長も参加してきた。日本人がここ来たのは初めてだと挨拶に来たという。そこで、気になっていたことを質問してみた。このイベントのお知らせに「会場でピクニックをされる方はコスプレしないように」という注意書きがあったのだが、逆にヴィンテージなスタイルで参加したほうが、もっと盛り上がったのでは?と。

館長曰く、その1895年の独特のスタイルを台無しにしないために、演じる側と観る側を完全に分けることが重要とのこと。なるほど。筋が通ったイベントなのだ。ここでコスプレをしている人たちはその時代の服装を細部まで考察し、下着からすべてその時代のものと同じ物を手作りしている。ランチに用意された料理や作法もその時代時代に合わせているという。着るものだけではなく、ひとつひとつの動きまで考証されている。そのため、見ていて恥ずかしくなるような素人の演技ではなく、惹きつけられるような魅力をそこに感じることができたのだろう。

人形劇が始まったり、ソプラノ歌手が歌い始めたり、またそれを眺めていたり。自然に会場に溶け混んでいる。

変わった細い注ぎ口の水差し。これは19世紀末に流行したアブサン(薬草系のリキュール。この時代のものはニガヨモギの幻覚作用があるとして禁止される。世紀末の芸術家はこの幻覚作用を好んでいたことでも有名)に水を注ぐための物。もちろん19世紀のものだ。

それがまたモーリス・ドニの住んでいた家と庭で行われるのだから、タイムスリップしてしまったという思いになるのは何ら不思議なことではないのだ。小さなイベントでありながら、美術館を管理する自治体と美術館、そしてそれを依頼される側がしっかりとこだわって実現したイベントに脱帽である。

左の青いドレスがこのコスプレ集団の主査を務めるファニーさん。右のピンクのドレスはソプラノ歌手。撮影したいとお願いしたら場所もポーズも決めてくれた。撮影の方も慣れているという。

ちなみに、この1895年を再現した”La Compagnie de l'Histoire et des Arts”は、7月3日に別の場所でルイ15世の時代にタイムスリップするという。


写真・文:櫻井朋成 Photography and Words: Tomonari SAKURAI

写真・文:櫻井朋成 Photography and Words: Tomonari SAKURAI

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