世界で最も美しいレース「ミッレ ミリア」|2022年のスタートを現地からレポート

Octane Japan

イタリア、ロンバルディア州にある都市ブレシア。イタリア全土を巡る公道レース「ミッレ ミリア」のスタート・ゴール地点として、クラシックカーファンにとってあまりにも有名な都市である。「ミッレ ミリア(1000マイル)」の名の通り、ここからローマ方面へ南下、そしてまた北上してパルマを経由し帰還する、およそ1600kmのルートが設定されている。

ミッレ ミリアは今年で40回目の開催を迎えた。スタート前夜の6月14日、ブレシア・エルブスコにあるシャトーホテル「ラルベレータ ルレ・エ・シャトー」に“ショパール・ファミリー”が集った。ショパールは1988年以来35年連続でこのレースのワールドスポンサーおよびオフィシャルタイムキーパーを務めている。そればかりか、メゾンのカール-フリードリッヒ・ショイフレ共同社長は、毎年ドライバーとしても参加しており、今年で34回目の参戦となる。

ラルベレータ ルレ・エ・シャトーに集ったのは、カール-フリードリッヒ・ショイフレ共同社長をはじめ、ショパールのアンバサダーであり盟友のジャッキー・イクス氏や、メゾンの顧客、チーム・ショパールとしてレースに参加するドライバーや各国のジャーナリストなど多彩な顔ぶれである。ここでのディナーは翌日から始まるミッレ ミリアの壮行会ともいうべきものだった。

ディナーの最中、カール-フリードリッヒ・ショイフレ氏は「皆さんのお楽しみを邪魔したくないので手短に」と断りを入れながら次のようにスピーチした。「この素晴らしい場所で、天候にも恵まれ、大切なときを共にできることをとても嬉しく思います。ミッレ ミリアは格別なイベントです。若い世代が参加していることも素晴らしいですね。私も今年は娘のキャロライン-マリーと参戦します。歴史、文化を紡ぐこのレースは、参戦し続ける価値があります。それでは皆さん、また明日、お目にかかりましょう」

チーム・ショパールがミッレ ミリアのスタートへと向かう


明けて6月15日朝、ホテルの玄関前には、カール-フリードリッヒ・ショイフレ氏が今年のミッレ ミリアで駆るストロベリーレッドの1955年 メルセデス・ベンツ 300SLを含めた計5台の車両が並んだ。準備を整えた一行は、レース前のシーリング・セレモニーが行われるヴィットリア広場へ向けて出発した。

©Chopard

ジャッキー・イクス氏も、ホテルからの出発する一行を見送った(©Chopard)

快晴のもと、ヴィットリア広場にはスタートを午後に控えた車両たちが続々と入場し、活況を呈していた。6月にしては暑いほどの陽気の中、マシンから発する音や響き、人々の熱気が加わり、いよいよイベントのスタートが近づいてきたという高揚感が高まっていく。



#158 渡邉 崇・市坡 秀実ペアが1949年スタンゲリーニ1100 SPORTでヴィットリア広場を訪れた。

車検合格後の車両の入れ替えなどの不正行為を防ぐために、ハンドルまわりにメダルを取り付け、ステッカーを貼る作業が行われる。車両によっては多くのメダルがぶら下がっており、これはその車両が何度もミッレ ミリアに参加したという歴戦の証である。

シーリング作業を受ける#167 瀧川 弘幸・瀧川 亮ペア。1949年OSCA MT4 1100で参加(©1000 Miglia)

メダルはステアリングに取り付けられることが多い。

車によっては、このような場所にも取り付けられていた。

ステッカーを貼り付ける様子。

ちなみにメダルは写真のようなプレーンなものを車内の必要箇所に装着。その場でプレスし、刻印することでその年のレース出場の証となる。


この工具が、1台1台に出場の証を刻む。

ヴィットリア広場にはジャッキー・イクス氏の姿もあった。彼は今年はレースには出場せず(例年イクス氏と共に参戦するカール-フリードリッヒ・ショイフレ氏は、今年は前述の通り娘のキャロライン-マリー氏と参加)、“1000 Miglia VIP Village”において、レース観戦に来たクラシックカー愛好家たちと親睦を深めていた。伝説のドライバーにこれほど間近で出会えるとは、ファンにとってはさぞ心躍る機会だったことだろう。



オクタン日本版編集部

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