トヨタ・センチュリーの「控えめな魅力」は、果たしてイギリス人にも理解できるのか?

David Roscoe-Rutter



日本には「出る杭は打たれる」という諺がある。協調性こそがルールなのだろう。センチュリーは皇室、各国首脳、大企業の経営者などを乗せる車でありながら、その魅力は“保守的な外見”なのかもしれない。イメージを投影するのではなく、まるで反射させるかのようだ。反射ついでに鏡にも触れておこう。ドアを開けると開口部は広く、サイドシルとウールカーペットのフロアがフラットなので着物は引っかからないし、後席のVIPが脚を上げて降車する必要がない。いったんセンチュリーから降りるとCピラーに映る自分の姿を確認でき、人前に出る前にネクタイや髪型、口紅の塗り方など“ファイナルタッチ”を確認できる。実用性もさることながら、象徴的な意味合いもあるのではないだろうか。鏡は神道において三種の神器の一つで、知恵を表す。

シンプルなスタイリングで保守的なプロポーションをしているが、それでも高級感に気づく人はいる。

日本には7000年の歴史を持つ漆塗りの伝統がある。ヤマハの木工職人だけでなく、トヨタ自動車の名古屋本社から約130キロ離れた静岡県の東富士工場にあるセンチュリー専用工房にも受け継がれている。センチュリーの生産は1967年の初代から現在に至るまで職人の手作業を重んじており、現行モデルでさえ7台のロボットしか使わない。そんな職人の一人は60代で、初代からセンチュリーを手掛けている。現在、40代の2人を育成しながら、もう一人候補を探しているという。この3人のボディ造形師がセンチュリーのパネルに技芸を施す道具は、それぞれ自分の手に合った特注品だ。ドアの取り付けは手作業で、センチュリーのショルダー部に沿うように寸分の狂いもなく弧を描く微妙なキャラクターラインを生み出している。その後、塗装を施し、何度も塗り重ねながら“水研ぎ”を行い、最終的には手磨きで鏡面仕上げする。それを4人の職人が担っている。なお、センチュリー全車には厳しい検査項目がいくつも設けられており、その全ての数値が記録された「センチュリー・ヒストリー・ブック」が存在し、トヨタが永久保存している。

横から見たシルエットは工場から望む富士山に由来している、と言われている。センチュリーの「C」は初代からフォントを引き継ぎ、光沢溢れるCピラーによく映える。フロントグリル、ホイール、ステアリングホイールなど、随所には鳳凰のロゴがあしらわれている。伝説上の瑞鳥(ずいちょう・めでたいことが起こる前兆とされる鳥)である鳳凰は日本の皇室でも、京都の金閣寺でも飾りとして見かける。なお、鳳凰のエンブレムは職人が45時間かけて彫金を施している。

ホイールキャップにも鳳凰があしらわれている。

センチュリーはロールス・ロイスやベントレー、メルセデス・ベンツSクラスやBMW7シリーズとも一線を画す。トヨタが謳うにセンチュリーを作るにあたって、“ライバル”を想定していないという。そういう意味ではロールスロイス・ファントムVやダイムラーDS420などと似た性質を持つのだろう。つまりは洗練性を愚直に追い求めた結果に過ぎないのかもしれない。路面の凹凸を感じさせることもなければ、不快なノイズを聞き取ることもできない。街中で聞こえるのはかすかに心地良く聞こえるそよ風のようなエンジン音だ。しかもセンチュリーには日本で唯一、量産されたV型12気筒エンジンを搭載していた。

助手席の背もたれを倒すと、後席左側ではオットマン機能を満喫することができる。1997年にデビューしたセンチュリーは輸出される前提ではなく、欧米人の体形は無視されている。思いのほかタイトだが、居心地は良い。センチュリーの歴史を振り返るとトヨタ自動車の創業者、豊田佐吉の生誕100周年を記念したモデルとして1967年に産声を上げた。1964年のトヨタ・クラウンエイトをベースに、クラウンの2.6リッターV8を3.0リッターまで拡大したエンジンを搭載。G20からG30、G40と進化しながらロングホイールベース化、エンジンの排気量は4リッターまで拡大させながら実に30年間生産が続けられた。

優れた後席の居住性はオットマン機能、DVDプレイヤー、折り畳み式ライティングテーブルで実現。

2代目(G50)が登場した1997年は、「失われた10年」と呼ばれるほど日本が不況に見舞われた年である。当時、V12エンジンを搭載した生産台数の少ない高級車を開発するような時代ではなかった。にもかかわらずトヨタが開発を進めたのは、需要があったとともにセンチュリーを“伝統”として存続させるトヨタの意気込みの表れでもあったのだろう。奇しくも初代プリウスが環境性能を全面に打ち出し、初の量産ハイブリッドカーとして発売された年に、センチュリーはV12エンジンを搭載してきた。G50は20年間生産され、1万台弱が東富士工場から出荷された。2017年に登場した現行G60は、レクサスLS600hをベースにV8ハイブリッドパワートレインを搭載している。

編集翻訳:古賀貴司(自動車王国) Transcreation: Takashi KOGA (carkingdom)

無料メールマガジン登録   人気の記事や編集部おすすめ記事を配信         
登録することで、会員規約に同意したものとみなされます。

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

RANKING人気の記事