ファニーフェイスのEVが奮闘する!内燃機関が禁止された島での「癒やし系」

Stefan Warter

ここは内燃機関が禁止されている島、ヴァンガーオーゲ島。毎年開催されるビーチバレーボールの大会で有名だ。島内で最も人気のレストランはプディング・カフェ。1島内の最も古い建物は、1597年に建てられたウエスタン・タワー。建設当初は島の東端にあったことからこの名が付いたそうだ。ようこそ、ヴァンガーオーゲへ!

港の看板にはこんなスローガンが書かれている。
「神は時間を創造したが、決して急げと言ったわけではない」

この島には1300人弱の村人が住んでいるが、ホリデーシーズンになると住人の数は7000人を軽く超える。彼らは全てのことから逃れリラックスするために島にやってくる。

前述したようにヴァンガーオーゲ島では内燃機関が許されていない。道路を移動する自動車は電気自動車だ。電気自動車が狭軌鉄道の駅や空港、港からホテルまで乗客を運んでいる。その中の1台に歴史的に重要な車両がある。アウディ・トラディションのコレクションのためにレストアされたDKWエレクトロ・ラスターだ。かつて島内を内燃機関の車が走っていた時代を思い出させてくれる車だ。

ヴァンガーオーゲ島はドイツの北海沿岸から数マイル離れたところにあるフリジア諸島の32の島々のうち、最東端に位置している。ビーチには籐製の椅子がいくつも設置され、日光浴をする人々を潮風から守っている。



ウィンドサーフィンもこの島で楽しむことができ、ドイツのスパリゾートとして評判の島だ。当たり前だが、ドイツの有名な観光地のひとつであるニュルブルクリンクとは全く違った種類の観光地であり、この島は端から端までわずか5マイルしかない。面積は3平方マイルだ。エレクトロ・ラスターの最高速度が時速25マイルと見積もっても、ウエスタン・タワーからプディング・カフェまで、ランチを注文してから出てくるまでに往復することができるだろう。

アウディ・トラディションでヒストリックカーの購入とレストアを担当しているラルフ・ホルヌングは、ワンダラーやホルヒから2ストロークのDKWまで様々なロードカーを購入している。インゴルシュタットの保管庫には、ガソリンエンジンを搭載したDKWシュネラスターも保管されている。

「ドイツでは多くの人に親しまれていました」とラルフは言う。しかし、戦前に設計された684ccの2ストロークをフロントに搭載し、コラムシフト付き3段マニュアルボックスを介して前輪を駆動することで生まれるパワーは20bhpであり、「シュネルラスター」(ドイツ語で快速便を意味する)は少し大げさかもしれない。

第二次世界大戦後、アウトウニオン社がツヴィッカウからデュッセルドルフを経由してインゴルシュタットに移転した際に、現代のアウディ帝国の本拠地であるインゴルシュタットで初めて生産されたという点で、このシュネルラスターは非常に重要な車である。この車は大成功を収め、DKW 3=6の3気筒896ccエンジンが搭載されて、商用車シリーズに発展し、1962年まで生産された。機能的な箱型ボディの前に、表情豊かなヘッドランプが魅力的な、生意気そうな小さなバンだった。



「シュネルラスターのデザインにおいて重要だったのは、ビジネスだけでなく家庭でも使用できる実用的な車であることでした」とラルフは語る。シュネルラスターは戦前のトラックよりもはるかに小さい。しかしシュネルラスターはパン屋のバンとしても十分に活用できるだけでなく、夕方や週末に家族を乗せてドライブをすることだってできた。

後ろには取り外し可能なベンチが付いていて、サイドパネルにはガラスも使われていた。助手席はスイングアップして後ろに入れるようになっていた。シュネルラスターはシンプルながらもよくできた車で、なおかつ価格も安かった。



1955年以降、郵便局、地方自治体、電力会社などで使用されることを目的として、シュネルラスターの電動バージョンが約100台製造された。そしてそれらは自然と「エレクトロ・ラスター」と呼ばれるようになった。速度や航続距離よりも静粛性や排気ガス汚染のなさが重要視される短距離の移動に最適だった。エレクトロ・ラスターの価格は8,000マルクで、3気筒エンジンのシュネラスターとほぼ同じだったが、バッテリーに4,000マルク、充電器に1,500マルクの追加費用を払う必要があった。

エレクトロ・ラスターはエンジンとギアボックスの代わりに4.8kWのモーターを搭載し、前輪をチェーンドライブで駆動する。コラムシフターは、電気モーターの4ポジションレギュレーター(オフ、スロー、少し速め、フラットアウト)となり、アクセルはなく、フロアに突き出たブレーキペダルのみとなった。バッテリーパックは、キャブ後方の車両側面にあるスライド式トレイに取り付けられ、軽量化に大きく貢献し、1800kgという重量を実現した。

「アウディ・トラディションは、オルタナティブ・パワー・ビークルをもっとコレクションに加えたいと考えていたのです」「この車のことは覚えていましたが、もうほとんど残っていません。実際、私たちが知っている他の車両は、レックリングハウゼンのシュトローム・アンド・レーベン博物館にあるフラットベッドタイプのものだけです」と、ラルフは話す。

シャシーとボディワークはRWEの車両から調達し、ドライブトレインは、ヴァンガーオーゲの車両に残っていたものが利用された。レストアには3年を要し、作業はすべてケムニッツのトルステン・バッハとティモ・レッペルが担当した。彼らは戦前のDKW車やオートバイを専門に扱っており、ケムニッツは1930年代にワンダラーやオートユニオンの本社があった場所でもあるのだ。



ボディワークは必要に応じて解体・修理されたが、ドイツの厳しい道路運送車両法の対策のために、パワートレインに変更を加えなければならなかった。トラム式のレギュレーターはなくなり(シフターのみ残った)、代わりにダッシュボードに取り付けられたレバーで前進と後退が選択できるようになり、ブレーキペダルの横には(通常シュネラスターに装備されているタイプの)アクセルが突き出ている。もちろん、クラッチもない。バッテリーはスライド式のトレイに収められるが、昔の湿式鉛蓄電池ではなく、最新の密閉式バッテリーを採用している。





ラルフは「フル充電で50マイルは走れるから、電池切れの心配はない」と言うが、レンジアビリティへの不安は今に始まったことではなく、エレクトロ・ラスターが誕生した当時とは比べものにならないほどエコロジーへの意識が高まっていることを考えると不思議だ。

リアヒンジのついた運転席のドアを開け、車内に乗り込む。シートは前方に2つ、後方にバッテリーキャリアを覆うように縦長のベンチが1つ、といった具合だ。ダッシュボードの下にハンドブレーキがあり、ハンドルの左側には進行方向を選択するための2ポジションのレバーがある。それをしっかりと前に倒し、アクセルペダルをゆっくりと踏み込む。洗濯機のような音がして、電気モーターがパワーを絞り出し、前へ前へと走り出す。現代の電気自動車がそうであるように、エレクトロ・ラスターも停止時に最大トルクを発揮し、その後はほぼリニアに推力を発揮する。最高で時速25マイルという高い速度まで到達することができるのだ。英国都市部の一般的な制限速度まで、数秒で到達してしまう。



しかし、スピードだけが楽しさではない。エレクトロ・ラスターは実に楽しい乗り物だ。ディズニー映画に出てくるようなルックスの小さなバスで、のんびりと移動できるなんて、最高ではないか。毎朝、牛乳を電動フロートの背中に乗せてイギリスの家々へ配達していた時代を、ふと思い出させるような音まで聞こえてくるようだ。

制限速度内でのハンドリングは、このような遅い車にはあまり関係ないが、ステアリングはダイレクトで、想像するようなあいまいさはない。もちろん、段差を乗り越えればショックはあるし、シートも長く乗るには辛いものがある。

だが、50マイルくらいであれば我慢できるだろうし、充電している間に何か別のことをすればいい。たとえばウィンドサーフィンとか。あるいは、籐椅子の上でうたた寝をするとか…




Words:Glen Waddington Photography: Stefan Warter
まとめ:オクタン日本版編集部

オクタン日本版編集部

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