ベントレー ベンテイガに見るイギリスの美意識

Photography: Ikuo KUBOTA

サッカー、テニス、ラグビー、ゴルフ、バドミントン、果ては水泳やボクシングまで。これらはすべて英国発祥のスポーツと言われている。

一般的に人気が高いのはサッカーだが、イギリスでジェントルマンのスポーツといえば、間違いなくラグビーである。躰をぶつけ合い、ボールを奪い合う、一見野蛮なスポーツにも見えるラグビーがなぜ、ジェントルマンのスポーツなのか。ここでラグビーの解説を始めるつもりはないが、それはジェントルマンを養成するのにラグビーが最適だと考えられていることに他ならない。ハーロウ校やイートン校など、寄宿舎生活で有名な英国のパブリックスクール(有名私立男子校)での必須科目がラグビーなのは、それが自己犠牲の精神や徹底したチームワーク、戦略のための知性を醸成するのに最適なスポーツとされていることの証左であり、ジェントルマンを形成するベースとなると考えられているからだ。ワールドカップが開催されたこともあり、日本でも一躍身近に感じられるようになったラグビーだが、実際にラガーマンを間近に見たことのある方はどれくらいいるだろうか。既製服では絶対に収まりきらないであろう、がっしりした肩幅に太い首回り。そして、激しいプレイでぶつかり合うことを前提とした大きな体は、鎧のような筋肉で覆われている。





ベントレーは、さながらラガーマンのようだ。特にベンテイガのSUVとしての佇まいは、そのイメージを助長させる。知的なオーラを身に纏いながらも、英国的な美学の文脈に則り、派手さは十分に抑えられているのだが、外見から漂う「ただものではない」オーラは隠しきれない。また、その特徴的で巨大な体躯ゆえに育ちのよさだけでないワイルドさが滲み出てしまう。他のSUVのように空気抵抗が考慮され過ぎたツルッとしたボディと異なり、ベンテイガに対峙するときに感じるものはまずはガッチリ感だ。まるで守られているかのような安心感である。

英国の美意識には、少し面白い側面がある。個性を尊重することを良しとする、その国民性もあり、誰もが認める「格好よさ」は意外と人気がない。例えるのであれば、英国ではいわゆる「シュッ」としたイケメンではなく、キャラクターのはっきりした個性的な顔立ちが好まれる傾向がある。むしろ「変わっている人」くらいの方が評価は高い。見た目の「ごつい」ベンテイガを見て、お、スタイリッシュだね、と一目で言える人は相当に、英国的なセンスがある人だと思った方が良い。





例えば国犬であるブルドックや女王陛下の愛するコーギー。見た目がちょっと怖いブルテリアなんて、一般的には明らかに不格好ともいうべき個性的なスタイルである。だが武骨でありながら妙に愛嬌のあるものを英国人はこれまで愛してきた。車も同じく、ジャガーEタイプやロータス・エリートのように誰もが認める流麗なスタイルのものもあれば、フォード・アングリアやリライアント・シミターのように、何を考えて作られたのかわからないものもある(ファンの方には失礼!)。中でもベントレーは、巨大なグリルのフェイスにがっしりした躯体という特徴が、どのラインにも共通するアイデンティティとして与えられているが、それはファニーフェイスなラガーマンのようだ。誰が見ても一目で、これぞベントレーと認識できるほど、個性的で、一般的な常識に左右されない独自の美意識をもっていることは事実である。

ところがベンテイガの運転席に座ってみると、また違う印象が顔を出す。





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着座位置の高いベンテイガの運転席から四方を眺めると、頼もしい相棒を得た気分になる。ゆったりとしたエンジン音が遠くに聞こえ、上品に誂えられた特徴的なダブルスティッチのレザーシートが優しく包み込んでくれる。エクステリアの威圧感に対して、インテリア各所に効果的に配置されたメッキの光沢感は、むしろ渋さを演出するのに効果を発揮していて、とても穏やかで静かな時間を感じさせる。この外側と内側の世界観のギャップがとても英国的で面白い。英国紳士の精神を体現する言葉に「アンダースティテッド・エレガンス(控えめな優雅さ)」という表現があるが、まさにそれを体現していると言える。運転席に座ると、そのインターフェイスから伝わってくる情報すべてが英国的であり、どんな道を走っていても、その走りは「威風堂々」という言葉がぴったりくるのだ。







タフネスとインテリジェンスの境界線を見事に走り続けるベンテイガに、環境課題の克服という革新性を付加されたのが、今回試乗した「ベンテイガ・プラグイン・ハイブリッド」だ。今後2026年までに、全モデルをハイブリッドもしくはEV化を表明しているベントレーだが、この圧倒的な存在感を持続させることができるのかが非常に興味深い。イギリス第二の国歌と言われる、エドワード・エルガー作曲「威風堂々」の前奏部分にあるような穏やかさと、主題に入ったときの圧倒的な高揚感は、PHEVとは言え、3リッターV6ターボの内燃機関が見事に再現してくれているが、時代の趨勢とは言えEV化した時点でどのように調律されるのかが楽しみである。

家柄も学歴も一流。見た目は筋骨隆々としたラガーマンだが、内面はしなやかな知性と上品さを隠しきれない。そして、いざ何か事かあれば圧倒的なパフォーマンスを発揮することができながら、普段は控えめであることを良しとするイギリスの美学、「ノブレス・オブリージュ(高貴なる者の果たすべき義務)」感こそが、ベンテイガの真骨頂なのだ。



これ見よがしに、その走りやスペックをひけらかし、他を圧倒する迫力を自慢する車ではない。どのような過酷なシーンにおいても絶対の安心感をもって、全面的に頼れる存在でありながら、それでいて控え目にドライバーの指示に従う、優秀なバトラーのようでもあるベンテイガ。多くを語らずとも、人生を豊かにしてくれるのは、このような存在の車なのかもしれない。


文:田窪寿保 写真:久保田育男
Words: Toshiyasu TAKUBO Photography: Ikuo KUBOTA

文:田窪寿保 写真:久保田育男

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