特別な車と過ごした、短くも愛おしいひととき|もうひとつのロスマンズ・ポルシェ(後編)

Drew Gibson

この記事は「おそろしく希少で、最高にクールな SC/RS|もうひとつのロスマンズ・ポルシェ(前編)」の続きです。



これから私がドライブするSC/RSのシャシーナンバーは"WP0ZZZ91ZES110007"。これは、もともとロスマンズカーとして製作された5台のうちの1台で、トイヴォネンの手で1984年のコスタ・スメラルダ・ラリーを制した車両そのものである。サルディーニャ島で開催されるこのイベントは、トップレベルのグラベル・ラリーとして知られていた。これはSC/RSが優勝した初のヨーロッパ・イベントであり、ポルシェとプロドライブにとっては忘れることのできない1勝となった。

この年、トイヴォネンは参戦した8戦中6戦で表彰台を獲得したが、うち2回の表彰台は、この"0007"で勝ち取ったもの。そのうちの1戦が先に述べたコスタ・スメラルダで、もう1戦がラリー・デガリーグでの3位である。いっぽう、中東ではアル・ハジリが着々と栄冠を積み重ねており、結果的に彼は84 年と85 年にチャンピオンシップを連覇。SC/RSの評価を決定づけるとともに、「後輪駆動で活躍した最後のラリーカー」の1台としてその名を歴史に刻んだのである。

ヨーロッパで輝かしい戦績を挙げて以降、"0007"は手厚い保護下に置かれた。ダンカン・ハミルトンROFGOが仲介して現在のオーナーが手に入れるまで、ポルシェの記録によると4名がこのマシンを所有していた。初代オーナーは当然のことながらプロドライブ、続いてプレスコット・ケリー(ポルシェ・クラブ・ノース・アメリカの会長)、コレクターでアストンマーティンのかつての支援者として知られるマーティン・ピーター・リヴァノス、そしてジェフリー・アーウィンである。このマシンはオリジナリティーが極めて高く、エンジンやギアボックスも当時のまま。したがって、ドライブするチャンスを手に入れられたのは奇跡といっていい。



これまでにSC/RS の写真は数え切れないくらい目にしてきたが、実物の美しさは想像をはるかに超えていた。それは本当に驚くほどハンサムなマシンで、ターボ仕様のワイドボディが完璧にマッチしており、筋肉質なボディをレッド、ゴールド、ブルーのストライプが流れるように飾っている。そのディテールも申し分がない。巨大な補助ライト、深いディッシュ状のフックス・ホイール、フロントスクリーンとリアスクリーンを支える金具など、どれを眺めてもため息が出るばかり。フロントエンドの補助ライトからホエール・テールまでを、あなたの目は何度も行ったり来たりを繰り返すだろう。

実に見どころの多いマシンだが、このSC/RSを本当の意味で特別な1台たらしめているのは、我々の目に見えない部分にある。ガラスは薄くされ、ボンネット、ドア、フェンダーは軽合金製に置き換えることで軽量化を図っているが、1000kgを下回る車重を実現するうえで、それらは必要不可欠な措置だった。衝撃吸収バンパーはグラスファイバーで作り直され、さらに数kgを削り取ることに成功している。ブレーキは917のものを流用。ギアボックスは量産用の915をモディファイしたもので、シンクロメッシュを備えている。そしてZF製のLSDを装備し、911RSRにも使われた焼結クラッチが採用された。

特徴的なホエール・テールの下に搭載された3リッター・フラット・シックスには全面的な改良が施されている。シリンダーヘッドは935用で、鍛造製ピストン、競技用カムシャフトを組み込み、新たな燃料噴射装置を採用するとともに冷却系を一新。この結果、エンジンパワーはおよそ80bhpも上乗せされて280bhpを発揮するとともに、レッドゾーンは8000rpmへと引き上げられた。軽量なボディには十分すぎるパワーといえる。



時代を問わず、911といえば強靱なフィーリングを伝えることで定評がある。それはポルシェの伝統的な味わいだが、SC/RSからは、そうしたポルシェの常識さえ上回るほどの強固さが感じられる。タフさと優れたクォリティ感が全身を貫いているほか、キャビンに張り巡らされたロールケージは、いざというときに乗員を守るだけでなく、ボディを補強する役割も果たしている。シーム溶接もボディ剛性の強化に役立っているはずだ。

そうした目に見えるものを越えて、乗り手の心に深い印象を残すものが、この車の優れた機能性である。一般的にいって競技車の車内はドライバーにとっての仕事場だが、ラリーカーであるSC/RSの場合、コクピットはふたつのエリアに分かれている。そのうちの半分はドライバーにフォーカスしたものであり、もう半分はコ・ドライバーのためのものだ。ただし、コ・ドライバーの役割はペースノートを読むだけではなく、サービスパークから出発する時刻やステージを走りきる時間を数分の1秒単位で管理するのも重要な仕事である。



ダッシュボードは911らしくアナログメーターで埋め尽くされている。ドライバーの正面にはディナー・プレートほどの大きさのタコメーターとスピードメーターが置かれ、その両脇を燃料計、油温計、油圧計などが固めている。ステアリングはやや大径のスウェード張りで、見ためどおり感触も素晴らしい。そしてギアレバーの頂点には、機械加工されたナイロン製のノブが1本の六角穴付きボルトで固定されている。

いっぽう、コ・ドライバーの正面に置かれたのはハルダのラリーコンピューターだ。その足下には巨大なフットレストが装備されているが、ここにも軽量化のために穴が開けられている。

レーシングカーにはないラリーカーだけの特徴といえるのが、公道走行に必要なナンバープレートが取り付けられていることだろう。SC/RSを閉鎖されたターマック・セクションに持ち込むのもエキサイティングだが、ダンカン・ハミルトンROFGOの敷地を出て公道を走るというのも、実に得がたい経験だ。

低速で走っていると、まるで不協和音のようなメカニカルノイズが聞こえてくる。クラッチは重いが切れ味は鋭く、ギアボックスはアイドリングでカタカタというノイズをたて、排水溝のフタに乗り上げるとピローボールを用いたサスペンションからガーンという音が響いてくる。冷えたブレーキは居心地悪そうにキーキーと鳴いている。しかし、そうしたノイズに埋もれることなく、SC/RSの空冷フラット・シックス・エンジンからは聞き間違うはずのないサウンドが耳に届いてくる。その主役は吸気音と排気音だが、その伴奏をするかのように、クーリングファンの一定したノイズも聞こえてくる。



ギア比は低めだが、それほど極端ではなく、タイトでツイスティーなステージを走るにはちょうどいいくらいだ。最高速よりもレスポンスや加速を重視した設定だ。このため、この911は常識外れで中毒性のある敏捷性を示す。そのすばしっこさは、300bhp弱というパワーが信じられないほどだ。しかも、中低速のトルク特性が優れているので、ひとつのギアを保った状態でも鋭い加速が味わえる。それはトゲトゲしいと同時に安楽でもあり、まるで濡れた道で水を跳ね上げるかのような、圧倒的な速さを感じさせる車だ。そして鉛色の空と明るいロスマンズのカラーリングが見事なコントラストを描き出している。

それは特別な車と過ごした、短くも愛おしいひとときだった。たしかに911 はラリーよりもサーキットレースでの成功で名を馳せたスポーツカーだ。それでもSC/RSには、ポルシェの数多ある競技車を飾った殿堂に迎え入れられてもおかしくないだけの価値がある。なんと素晴らしい車だろうか。


取材協力:オーナーとダンカン・ハミルトンROFGO(dhrofgo.com)

編集翻訳:大谷達也 Transcreation: Tatsuya OTANI
Words: Richard Meaden Photography: Drew Gibson

オクタン日本版編集部

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