「人間誰しも心に仏がある」心に向き合い、ととのえる旅|禅と湯 ととのう京都 体験記:其の一

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なにかと慌ただしく落ち着かない現代社会、文字通り「忙殺」されている人も多いことだろう。「忙しい」とは「こころをなくす」こと。心身ともに疲弊する前に、リセットする機会も必要だ。心に静けさを、身体にやすらぎを与え、身も心も“ととのえる”ために、京都へ向かった。



今回訪れた京都・宇治市にある萬福寺は日本三禅宗のひとつである黄檗宗の大本山。江戸時代初期の承応3年(1654年)に、中国福建省から渡来した隠元隆琦禅師が寛文元年(1661年)に開創した。建築様式や伽藍配置は中国式のものであり、読経は中国から伝わった当時の発音のままの黄檗唐韻にて発音する。明朝様式を取り入れた伽藍は、左右対称に堂が配されているのも特徴だ。



境内の参道の正方形の平石にも注目したい。ダイヤモンド状に並べられた平石は、龍の背の鱗をモチーフにしたものだという。中国では龍文は天子・皇帝の象徴であり、黄檗山では大力量の禅僧を龍像にたとえるため、この菱形の石の上を歩くことができるのは、本来は住持のみであるという。



玄関たる天王殿には、中国式で四天王と弥勒菩薩、そして韋駄天が同時に祀られており、弥勒菩薩(布袋)坐像が入口正面に、韋駄天が奥の本堂に向かって背中合わせに配されている。中国では、韋駄天はお釈迦さまをお守りする護法善神のひとつであるため、いつでも馳せ参じられるように萬福寺の御本尊 釈迦牟尼佛が祀られる本堂の大雄寶殿を向いているのだそう。また、韋駄天がお釈迦様のために各所を走り食材を調達したことが、私たちが日常使っている「ごちそうさま(ご馳走様)」の由来となっているというから興味深い。





食事といえば、回廊に吊られた魚の形をした「開梆(かいぱん)」についても触れておきたい。これは日常の行事や儀式の刻限を叩いて報じるための法器。ではなぜ玉を口にした魚の形をしているのか。この玉は煩悩の象徴で、腹を叩くことで煩悩を吐き出させるのだという。木の魚を叩く。そう、これは木魚の原型といわれるものである。

萬福寺をご案内いただいた吉野弘倫主事。

本堂の大雄寶殿には御本尊が祀られているほか、十八羅漢像も安置されている。そのなかでひときわ目を引くのが「羅睺羅尊者像(らごらそんじゃぞう)」だ。自らのお腹を大きく開いた中に見えるのは、なんとお釈迦様のお顔である。「人間誰しも心に仏がある」という教えを伝えるためだそうだが、なんともユニークではないか。



これら十八羅漢像は范道生という中国人仏師の手による。当時の日本人仏師が彫る仏像は平らな顔が多かったが、隠元禅師の理想の像とは異なっていたため范道生が招かれることになったという。羅漢像の顔立ちの彫りが深いのはそのためである。

ちなみに、この羅睺羅尊者像は大変人気のある仏像で、全国各所で開催される展覧会にお出ましになり不在がちだとのこと。ここ萬福寺の本堂でお目にかかれたこと自体、今回は運がよかったことになる。

ここ萬福寺の法堂では禅修行を体験することができる。今回は法堂にて坐禅を体験させていただいた。上述のとおり「人間誰しも心に仏がある」とする黄檗宗では、その真理にたどり着くべく自分自身の心に向き合うために坐禅が必要であると考えている。



僧侶の説明を受けて体験した坐禅は、当日の雪のちらつく京都の寒さも相まって、澄んだ心の声を聞くことができたように思う。本来的には、禅の修行はいつでもどこでも同じように「調心」(心をととのえる)、「調息」(呼吸をととのえる)、「調身」(身体をととのえる)の三種ができなければならないというから、法堂での坐禅でしかそれが実行できないのは“まだまだ”ということになるが、それでも今回のように自分の心とあらためて向き合う機会は日常生活ではなかなか得られないため、非常に貴重な体験となった。

尚、萬福寺では「アーティスト・イン・レジデンス」として国内外のアーティストの制作活動を支援する活動を2021年より実施している。アーティストはお寺に住んで制作活動をし、その作品の販売サポートをおこなうというプログラムだ。萬福寺の伝統的な建造物を利用したアトリエ兼ギャラリー「香福廊」にてアーティストの自己研鑽や相互啓発の機会を提供している。これからも注目したい取り組みである。



オクタン日本版編集部

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