真の豊かさを知る、べにや無何有とアストンマーティンDBSの佇まい

べにや無何有とアストンマーティンDBS。グレイの車体が鮮やかな木々の色合いとの素晴らしい調和を見せる(写真:高柳 健)

オクタン日本版では、真のヨーロピアン・ラグジュアリーを提唱する自治運営の協会組織である「ルレ・エ・シャトー」に加盟している日本のホテルを、本当の一流を知るブランド、アストンマーティンで巡る企画を進めている。アストンマーティンが、そして「ルレ・エ・シャトー」加盟のホテルによる世界観がどう共鳴するのかを、車での旅を通じて確かめようという狙いだ。

1950年代のフランスに端を発した「ルレ・エ・シャトー」は1974年に設立。世界62ヶ国、約580のホテルとレストランが加盟している。加盟できるか否かは、そのホテルとレストランの格式のみならず、「世界各国・地域のホスピタリティーや食文化の多様性と豊かさを大切に守り、より多くのお客様へ提唱していく」という理念を共有できるか。

その厳正な審査基準により、日本の宿はわずか11軒しか登録されておらず、それゆえに日本国内のみならず海外から日本を訪れる旅行者にとっての信頼できるベンチマークとして機能している。

今回、アストンマーティンDBSで向かったのはその「ルレ・エ・シャトー」のひとつ、石川県は加賀・山代温泉の「べにや無何有」。

アストンマーティン名古屋から「べにや無何有」までの距離はインターネットからの検索によれば200km強。東京在住者の感覚で言えば八ヶ岳を訪ねるような感じか。ただ大きく違うのは、その移動が太平洋から日本海へと日本を横断するというダイナミズムだ。名古屋以西の方にとっては日常的なことかもしれないが、改めて考えてみるとなんと贅沢な移動だろう。





アストンマーティンDBSは、総排気量5,204ccのV12ツインターボエンジンを搭載。最大出力725PS、最大トルクは900Nmを発する。剛性の高いシャシーとワイドトレッドがもたらす安定した走りも特徴だ。DBSを楽しみ尽くすには200km程度の移動距離では足りないくらいか。

ルエ・レ・シャトーのウェブサイトで、「べにや無何有」はこう説明されている。曰く、「自然の山庭を囲むようにして建つ別荘のような宿」。

ドライブで高まった気分をスッと和らげ、包み込んでくれるような植栽たち。美しい苔に心癒される。

べにや無何有のシグニチャーともいうべきエントランス。最初に迎えてくれるのが“季節そのもの”であるという、なんとも嬉しい設えだ。

植物のなかに穏やかなコントラストで配置されたべにや無何有のロゴ。自然とモダンが織りなす洗練された佇まい。

1928年に創業した「べにや旅館」を母体とし、やがて1970年には豊かな自然の美しさを讃える山庭を持つ現在の場所へ居を移した。1993年に3代目主人・中道一成、女将・中道幸子に世代交代すると、かつて45室からなる団体向けの旅館だったあり方から姿を変え、現代らしい「癒しの宿」を目指した。

1996年に始まったリノベーションでは建築家の竹山聖に設計を依頼。ロビーを改修し、珪藻土の床、山庭を見下ろす大きなガラス窓を備える、モダンで洗練された和の空間を作り上げる。昭和然とした旧館は閉鎖した。この頃はじめたエントランスの植栽は、今ではゲストを迎え入れる森の小道のような佇まいを作りあげている。そして、1998年には「べにや無何有」と名称を変えた。グラフィックデザインは原研哉の手による。

モダンなエントランスの窓際には玉砂利を敷き、屋外と屋内のシームレスな繋がりを演出。テーブルはIDEEのストックからチョイス。

無骨な薪ストーブも自然に受け止める広々とした空間の心地よさを感じる。

土間づくりの床は珪藻土を使用。強度を保持するために砂利を混ぜ込んでいる。窓から差し込む陽射しを受け止め、穏やかな表情を見せる。

「無何有」は中国の思想家である荘子が好んだとされる言葉で「何もないこと、無為であること」の意だ。竹山聖はこの名にこめられた想いをこう説明する。

「部屋はからっぽなほど光が満ちる。何もないところにこそ自由な、とらわれない心がある。(中略)まるでぽっかりあいたスケジュール表の余白のような時間。からっぽだからこそ自由に満たされた時間。一見役立たずな巨木の木陰のやすらぎ。」

山庭の空気が流れ込む空間設計は、竹山聖と設計組織アモルフの設計によるもの。

客室は全16室。2つの特別室と、14の部屋からなる。すべての客室は山庭に面しており、露天風呂を備える。竹を敷き詰めた広縁、黒塗りの木材、グレーの畳縁など、日本の伝統的な資材を使いながらも現代らしさを感じさせる空間。竹山聖が説明する通りの「からっぽ」が随所に存在する。襖上部を横に走る長押の上には壁を設けない。そこにあるべきものがないことで天井がすべての部屋を繋ぐ。ゲストは、シンプルで広々とした空間を強く感じながら、開放感を得る。無言のもてなしがそこにある。

壁面に生けられた野趣を残した花。窓からの陽射しは花にまで届く。その自然な佇まいは、屋内にありながら屋外でもあるような、空間の繋がりを感じさせる。

特別室の一つである「白緑」には面白いスペースがある。潜り込みたくなるような1畳ほどの狭い空間は、窓に面した小さなテーブルを備える。「静かな創造の時を味わうため」の書院なのだという。机と山庭の間にあるデッキの床には苔を配してあり、まるでインフィニティプールのように、建物と自然がシームレスに溶け合う。文机をひとつ置くのではなく、デザインされた空間をわざわざしつらえる。知的な創造に重きをおく「べにや無何有」の姿勢がここから見てとれる。

特別室「白緑」の書院と名付けられたスペース。テーブルの脇には電源とUSBポート。窓際の低いテーブルの下は掘りごたつのように一段下がっている。

特別室の広縁。ガラス戸はすべて戸袋のなかに収めることができ、山庭と完全につながった空間になる。



すべての部屋には日本の伝統色からとった名前がつけられている。客室の入口にもこの札と同様のプレートが配されている。

すべての部屋には露天風呂があり、常に湯が循環している。

さて、「べにや無何有」を訪れたならぜひ体験して欲しいのが「スパ円庭施術院」だ。その理由は山代温泉の歴史にある。

725年のこと。奈良時代の仏教僧である行基が、霊峰白山へと修行のために向かう途中で湯に浸かり傷を癒しているカラスを発見。それは導きの神といわれる八咫烏だったと言われている。行基は温泉の守護のために薬師如来を彫り、祠に収めた。この祠から始まった薬王院温泉寺はやがて白山信仰の聖地となる。薬王院温泉寺のあった場所は薬師山と呼ばれ、僧が修行しながら温泉の施浴と薬草の調合などで人々を救った治療の場となったのだった。

つまり、山代温泉は古来から人々を癒す場所であり、現在「べにや無何有」が居を構える高台はまさに薬王院温泉寺の本堂跡。このルーツを受け継いで、2006年に完成したのが「スパ円庭施術院」。ここでは温泉と薬草を用いた「薬師山トリートメント」で心身のケアを行っている。

円庭の奥には薬師山の僧侶が温泉と薬草を用いて人々を癒していたという歴史に発想を得たスパ「円庭施術院」があり、「薬師山トリートメント」が行われている。

客室でも独自に開発した天然由来成分を豊富に含む「薬師山アメニティー」を提供。

「べにや無何有」はまた、2001年には図書室を新設している。泉鏡花や室生犀星などこの地ゆかりの作家の書籍のほか、美術書や植物図鑑など、2000冊以上の蔵書がゲストの自由な時間のパートナーとなる。



図書室は本をじっくり選べる黒壁の部屋と、採光豊かな山庭に面した部屋が隣接。

女将の中道幸子さんは語る。

「温泉・スパでは浄化と再生を体験していただき、そして滞在中には、たとえふたりでお越しいただいたとしても、ひとりになれる場所をご用意しています。ロビーや客室、図書室で、なにかを知ること、見ること。それらを通じて、からっぽのなかの豊かさ、自然の中に受け入れられることなどの癒やしを体験していただければと思います」

かつて山代温泉には、与謝野鉄幹、与謝野晶子、北大路魯山人などが繰り返し訪れたという。「べにや無何有」で静かに山庭を眺めていると、そんな文化人たちはどんな奥深さをこの地に感じたのかを知りたいという好奇心が自然に湧き上がる。

からっぽの豊かさ、という言葉を反芻するうちに、宿のおもてに留めたアストンマーティンDBSの佇まいを思い出す。





たしかにマスキュリンな造形である。その一方で周囲を圧倒するようなこれ見よがしなスタイリングではない。威圧的なライトを備えるわけでも、ギラギラと光るグリルを備えるわけでもない。しかし、そのアンダーステートメントな佇まいの奥にあるエレガンスを見出せることにこそ、アストンマーティンを所有する歓びがあるのではないか。

考えれば考えるほど。確かに、最高の車で訪れるのに、「べにや無何有」は最適な別荘だ。

山代温泉から日本海までは目と鼻の先と言っていいだろう。穏やかな日本海を眺める時間もまた、贅沢な時間だ。


べにや無何有
〒922-0242 石川県加賀市山代温泉55-1-3
(アストンマーティン名古屋を起点として:名神高速道路から北陸自動車道を使用しておよそ200km)
TEL:0761-77-1340
FAX:0761-76-1340
チェックイン:15:00から
チェックアウト:11:00まで


アストンマーティン名古屋
〒107-0061 愛知県名古屋市中区新栄2-44-20
TEL:052-242-0888
astonmartin-nagoya@hakko-group.co.jp
営業時間:10:00〜18:30
定休日:水曜日


アストンマーティンDBS
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4712×1968×1280mm
ホイールベース:2805mm
車重:1880kg(乾燥重量)
乗車定員:4名
駆動方式:FR
エンジン:5.2リッターV12 DOHC48バルブ ツイン ターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:725PS(533kW)/6500rpm
最大トルク:900N・m(91.8kgf・m)/1800-5000rpm
タイヤ:(前)265/35ZR21 101Y/(後)305/30ZR21 104Y(ピレリPゼロ)
価格:3434万2333円/撮影車両


文:青山鼓 写真:高柳健、べにや無何有
Words:Tsuzumi AOYAMA Photography:Ken TAKAYANAGI, BENIYA MUKAYU

文:青山鼓 写真:高柳健、べにや無何有

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