想像よりは取り回しが容易!?|史上最強のロードカーを乗り比べ【メルセデスAMG CLK GTR編】

Photography: Andy Morgan

この記事は「993と962を足して2で割ったようなマシン!?|史上最強のロードカーを乗り比べ【ポルシェ911GT1編】」の続きです。


メルセデス流ルールの拡大解釈


CLK GTRをドライブするのは今回が初めてだが、その容姿はほかの2台に比べると明らかに威圧的だ。コクピットへのアクセスは困難を極める。ポルシェはドアの開き方が普通で、X字型をしたロールケージを潜り抜ければ運転席に辿り着ける。マクラーレンはもう少しトリッキーだが、それでもメルセデスに比べれば朝飯前だ。"クール"に見えるメルセデスのドアはごく小さく、申し訳程度に上に向けて開くだけだ。しかも、その奥には驚くほど幅の広いサイドシルが待ち構えている(その内部はラゲッジルームとして使われている)。窓のように小さなドアから、このサイドシルを乗り越えるのは至難の技だ。足を先に入れるのが理想的だが、もしもあなたの身長が平均的であるなら、品位を保った体勢のまま乗り込むのは不可能と覚悟したほうがいいだろう。  

運転席に腰掛けると、その景色に軽く戸惑うかもしれない。目の前に並んだスイッチ類は紛れもなく1990年代に造られたメルセデス・ロードカーそのものだが、キャビンは恐ろしく狭いうえにサイドウィンドウさえ下げられないのだから、これが純粋なレーシングカーであることは明らかだ。シャシーナンバー7の試乗車は、スターリング・モスがドライブしたことであまりにも有名な300SLRとよく似た格子縞のシート地。これと同じ仕様はたったの2台しか作られなかったとされる。



輝かしい歴史を誇るM297 V12エンジンは本来の6.0リッターから6.9リッターへと排気量が拡大されているが、その効果は歴然としている。後にパガーニ・ゾンタにも採用されたこのエンジンは、パフォーマンスの点でもエンジンサウンドの点でも通常のメルセデスV12の数段、上をいくもの。そしてエンジンがキャビンの真ん中に居座っているように感じる点はポルシェとまったく変わらない。



足下には3つのペダルが並んでおり、シフトのたびにクラッチペダルを踏まなければいけないのだが、奇妙なことに、シフト操作そのものはステアリングホイールの裏側に取り付けられた、小さく、そして操作力の軽い金属製のシフトパドルでおこなう。ただし、実際の操作は簡単で、ドライバーの直観とよく馴染むものだが、停止するときはシーケンシャルギアボックスを順にシフトダウンしなければいけないのが面倒といえば面倒だ。  

それでも、ひとたび要領を得てしまえば、想像していたよりもずっと扱い易い車であることに気づくだろう。車との一体感という意味ではポルシェにかなわないものの、トラクションの高さは驚異的で、どれほど強大なトルクも易々と受け入れてくれる。カーボンとアルミハニカムで製作されたモノコックの剛性感には呆れるばかりだが、サスペンションは意外にもしなやかで、心配されるほどスパルタンな乗り心地ではない。ボディは幅が広く、見切りが悪いのではないかと心配になるだろうが、全長5mのボディは想像以上に取り回しが容易なはずだ。  



ミルブルック・プルービング・グランドの、起伏が激しいアルパイン・ルートを攻める。もっとも、パワーアシスト付きのステアリングは扱い易く、うっとりするようなサウンドを奏でるV12エンジンのキャラクターは極めて柔軟なので、ドライビングがリズムに乗るようになるまでにさして時間はかからない。さらにプッシュすると、コーナーのなかほどでフロントエンドがかすかに身震いするのが感じられるようになる。これぞ、まさしくファン・トゥ・ドライブというものだ。  



1997年にタイトルを勝ち取ったベルント・シュナイダー、そして翌年タイトルを防衛したクラウス・ルードヴィッヒとリカルド・ゾンタは、最高の気分を味わいながらこのマシンを操ったことだろう。ただし、彼らはいささか勝ちすぎた。なにしろ、1998年にメルセデスAMGは149ポイントを手に入れたのに対し、2位となったポルシェ AGの獲得ポイントはわずか49。これが、GT1クラスの歴史にピリオドを打つ引き金となった。メルセデスは1997年にホモロゲーションのため1台のロードカーを製作(最終的にはプロトタイプ2台、ロードスター6台を含む28台が作られた)したが、ポルシェは、自分たちのGT1とは異なり、メルセデスはルールを拡大解釈してGTRを作り上げたと捉えた。そこでポルシェは 1998年シーズンに向けて、それまでとはまったく異なるGT1を開発。カーボンモノコックとシーケンシャルシフトを備えた98年モデルは、決してこのクラスで最速とはいえなかったものの、この年のル・マンにメルセデスが姿を現さなかったこともあり、耐久性を武器に待望の栄冠を勝ち取ることとなった。


1998 メルセデスAMG CLK GTR
エンジン:6898cc、V型12気筒、DOHC、48バルブ、電子制御燃料噴射およびエンジン・マネージメント
最高出力:604bhp / 6800rpm
最大トルク:572lb-ft / 5250rpm
変速機:6段MTシーケンシャル、後輪駆動、リミテッド・スリップ・デフ
ステアリング:ラック&ピニオン
サスペンション(前/後):プッシュロッド式ダブルウィッシュボーン、コイルスプリング、ダンパー、アンチロールバー
ブレーキ:ディスク、ABS
車重:1440kg
最高速度:199mph(318km/h)、0-60mph:3.8秒



そうした戦いの歴史は、私たちの手元に3台のロードカーを残した。ただし、本当の意味でロードカーらしいのは、そのうちの1台だけに過ぎない。いずれにせよ、最新のどんなスーパースポーツカーよりも、ここで取り上げた3台が過激であることは明らかである。あれから20年以上が過ぎ去ったいまも、妥協を徹底的に廃し、本来の目的に対してどこまでも純粋な外観と成り立ちを備えているという意味において、この3台を凌ぐマシンは誕生していないのである。



編集翻訳:大谷達也 Transcreation: Tatsuya OTANI Words: Henry Catchpole Photography:Andy Morgan


「史上最強のロードカーを乗り比べ」三部作の前編・中編はこちらから。
90年代を代表するモンスターマシン3台に挑む!|史上最強のロードカーを乗り比べ【マクラーレンF1編】
993と962を足して2で割ったようなマシン!?|史上最強のロードカーを乗り比べ【ポルシェ911GT1編】

編集翻訳:大谷達也 Transcreation:Tatsuya OTANI

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