993と962を足して2で割ったようなマシン!?|史上最強のロードカーを乗り比べ【ポルシェ911GT1編】

Photography:Andy Morgan

この記事は「90年代を代表するモンスターマシン3台に挑む!|史上最強のロードカーを乗り比べ【マクラーレンF1編】」の続きです。


(993+962)÷2=GT1


そろそろ911について語ることにしよう。  

ポルシェは、マクラーレンが1995年にル・マン24時間で栄冠を掴んだことを腹立たしく思っていたはずだ。サルト・サーキットといえば、ポルシェの縄張りも同然。そこでノルベルト・ジンガーには「翌年のル・マンまでに、F1をサーキットで打ち負かすレーシングカーを911ベースで開発せよ!」との命令が下された。その結果誕生したのが、993と962を足して2で割ったようなマシンだった。GT1のシートに腰を下ろすと、まるで911に乗っているかのような錯覚に襲われる。シートは964のもの、そしてダッシュボードに並ぶ5眼式メーターは993から借用したうえで、水温計が追加されている。そしてシフトレバーに連結された極太のシフトリンケージはバルクヘッドの奥へと伸びている。まさに、ピュアレーサーと呼ぶに相応しい作りだ。



GT1がBPRシリーズにデビューしたのは、ブランズハッチで開催された1996年第8戦でのこと。大方の予想を裏切り、ハンス-ヨアキム・シュトックとティエリー・ブーツェンは余裕で勝利を手に入れた。ただし、彼らは正式なエントリーに間に合わなかったために章典外とされ、ポイントは与えられなかった。マクラーレンンがこの年もタイトルを制したのは、このためだ。いっぽう、これに先だっておこなわれたル・マン24時間では、TWR ポルシェ WSC-95に僅差で破れ、2位でフィニッシュした。

993のノーズが与えられたロードカーは数台が生産されたのみだ。それ以外の大半は996のノーズが組み合わされ、GT1 Evoと呼ばれた。これらストラッセヴェルジョン(ドイツ語で公道仕様の意味)の生産が始まったのは1997年のこと。ただし、ホモロゲーション取得に必要な25台の生産を完了することは、ついになかったとされる。つまり、3台のなかでもとりわけ希少性が高いのが、この911 GT1なのである。  



F1に乗った後では、GT1もどこか牧歌的に感じられる。

マクラーレンが、足回りからコツコツという音が聞こえるのを別にすれば極めて洗練されているのに対して、ポルシェのキャビンはノイズだらけで好戦的に感じられる。クラッチペダルの操作感は重くアグレッシブだが、これが素晴らしい感触のギアボックスと組み合わされている。きっと、GT1をシフトするときに感じる安心感と同程度の不安感を、マクラーレンF1のギアボックスから感じることだろう。  



ドライビングフィールはレーシングカーそのものだ。いや、実際はそれ以上で、24時間を戦うために生まれたウェポンといった趣だ。公式の空車重量には13kgの差しかないのに、マクラーレンに比べるとポルシェはひどく重く感じられる。それはパフォーマンス不足が原因ではなく、操作系がすべてがっしりと重く、乗り心地が硬いことに起因している。無骨に見える外観も、これに輪をかけているといっていいだろう。  

それでも、このマシンがドライバーに絶大な自信を与えてくれることは間違いない。ステアリングの感触は紛うことなきポルシェのもので、フロントタイヤがしっかりと路面を捉えている様子が伝わってくる。さらに驚くべきことに、バルクヘッド越しにリアタイヤのグリップ感も看取できるのだ。不思議なのは、GT1はミドシップ・レイアウトにもかかわらず、まるで911のような反応を示す点にある。おそらく、その最大の理由はステアリングフィールにあるはずだ。さらにいえば、コーナリング時に起きる荷重移動の様子も911にそっくり。もちろん、そのなかには例の"振り子現象"も含まれている。



あなたが鋭敏な感覚の持ち主なら、GT1は出力特性の点でも操りやすいと感じることだろう。水冷式フラット6ターボエンジンは996や997のGT3に搭載されたメッツガー・エンジンの祖父にあたるもの。当然、F1に積まれた6.1リッターV12エンジンとは特性が異なる。そして過給圧をあまり高めることなく、ショートシフトを繰り返している限り、この車は"比較的"従順に思えるはずだ。  



ただし、ストレートでスロットルペダルをフロアまで踏み抜いて過給圧を高め、5連式メーターの中央に掲げられたレヴカウンターの針が急上昇するとき、凶暴なハリケーンのごときトルクがあふれ出し、路面を激しく蹴り出すことだろう。そして、よくできたターボエンジンの多くがそうであるように、このパワーユニットにも中毒性があるように思う。  

しかし、GT1はターボエンジンを採用していたがゆえに、1997年は相対的に戦闘力が低下してしまう。この年、マクラーレンはロングテール仕様のF1を投入し、腕利きのJJレートらにステアリングを委ねた。しかも、この年のレギュレーションは自然吸気エンジンにとって有利な内容だったため、F1はGT1を凌ぐ速さを示した。それでもF1がこの年のタイトルを獲得できなかったのは、彼らの戦いに、ルールを独自に解釈したメルセデスが強引に割り込んできたためである。




1997 ポルシェ911GT1 Evo ストラッセヴェルジョン
エンジン:3164cc、ツインターボ、水平対向6気筒、DOHC、32バルブ、電子制
御燃料噴射およびエンジン・マネージメント
最高出力:536bhp/7200rpm
最大トルク:443lb-ft/4250rpm
変速機:6段MT、後輪駆動、リミテッド・スリップ・デフ
ステアリング:ラック&ピニオン
サスペンション(前/後)プッシュロッド式ダブルウィッシュボーン、コイル
スプリング、ダンパー、アンチロールバー
ブレーキ:ディスク、ABS
車重:1150kg
最高速度:192mph(307km/h)、 0-60mph:3.9秒


三部構成のこの記事の【後編】では、メルセデスAMG CLK GTRに迫り、総括する。

編集翻訳:大谷達也 Transcreation: Tatsuya OTANI Words: Henry Catchpole Photography:Andy Morgan

編集翻訳:大谷達也 Transcreation:Tatsuya OTANI

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