90年代を代表するモンスターマシン3台に挑む!|史上最強のロードカーを乗り比べ【マクラーレンF1編】

Photography: Andy Morgan

ここで取り上げる3台は、サルト・サーキットで激闘を繰り広げたものの、路上では滅多に目にすることのないロードカーである。ヘンリー・キャッチポールが、マクラーレンF1、ポルシェ911GT1、メルセデスAMG CLK GTRの3台に果敢に挑んだ。


V12エンジンの咆吼がどうしても聞きたくて、意味もなくダウンシフトしてみる。なにしろ、スロットルペダルを軽く踏み込むだけで、このマシンはロードカー史上最高ともいえる吸気音を奏でてくれるのだ。頭上のエアインテークを通じて、吸入気がわれ先にとキャビン後方のエンジンへと吸い込まれていく様が手に取るようにわかる。そして全身に鳥肌が立ち、脊髄に電流が走り出すような感覚を味わうことになる。  

右側に目をやると、黒い曲線でサイドウィンドウが縁取られ、同じくルーフ上にエアスクープを備えたマシンが視界に入ってくる。911と呼ばれるロードカーのなかでもっとも獰猛な1台、GT1だ。左側に視線を向けると、メルセデスとして作られたロードカーのなかでいちばん高価なモデルであるCLK GTRの、カリカチュアされたフロントマスクが見える。私がステアリングを握っているのはマクラーレンF1だが、ほかの2台と比べれば、希少性は決して高くない。しかも、残る2台とはかなりの大差。いま、起きていることの"異常さ"に思わず笑みが浮かんでしまうが、それさえも今日は何度となく繰り返されたことだ。



ここに集められた3台は、史上もっともエキサイティングなロードカーといっても過言ではない。うち2台はル・マン24時間を戦うためだけに開発され、残る1台は史上最高のロードカーとして誕生したものがたまたまル・マンでも優勝したと説明すべきモデルである。

DKエンジニアリングのジェイムズ・コッティンガムに「もっとも偉大なロードゴーイングスポーツカーはなんだろう?」と訊ねられたとき、私は即座にこの3台の名を挙げた。とはいえ、それらを実際に集められるかといえば、まったく別の話。彼の手元にGTRがあることは以前から知っていたが、それでもハードルはかなり高い。3台をシルバーのボディカラーで揃えることにいたっては、もはや非現実的というべきだ。ところが私たちは、耐久レースの黄金期をここで再現することに成功した。GT1レーサーであると同時に最高のロードカーでもあるこの3台を取り上げることは、ル・マン24時間を主催するACOとFIAがLMハイパーカークラスを積極的に推し進めようとしているいま、なおさら価値があるといえるだろう。

ゴードン・マーレイの理想



マクラーレンF1がモータースポーツへの参画を目的として開発されたという事実は一切ない。ゴードン・マーレイと彼を支えたごく少人数のチームが生み出したのは、あくまでも純粋なロードカーだった。そのことは、この車に乗ればたちどころにしてわかる。フォード・フィエスタと同じくらいエレガントにF1ロードカーの運転席に腰を下ろすにはかなりのテクニックが必要なはずで、私自身はまだそれを身につけていないが、一度シートに身を落ち着けてみれば、それがドライビングに集中できる完璧な環境であるとともに、驚くほど広々としていることに気づく。しかも、シートのクッションは恐ろしく薄いのに、実に快適。これだったらロングクルージングも余裕でこなせるはず。しかも全長は4288mm、全幅は1820mmなので、市街地走行もまったく苦にならない。

 

F1の居住性が優れていることは疑う余地がないが、そのいっぽうで、この1台がレーシングチームの厳格な規準に従って開発されたことも間違いのない事実だ。しかも、発表された当時はほかに並ぶものがいないほどハイパフォーマンスなスポーツカーだったから、ロードカー・ベースのレースシリーズに出場すれば、F1が大成功を収めることは火を見るよりも明らかだった。そしてマクラーレンにレースプログラムの立ち上げを承認させたオーナーたちは、このマシンでBPRグローバルGTシリーズに参戦すると、1995年と1996年にドライバーとチームの両タイトルを勝ち取ったのである。  

しかし、それ以上に世間を驚かせたのは、1995年のル・マン24時間で初出場ながら総合優勝を飾ったことにある。同年のル・マンは例外的に雨が長く降り続け、これがF1にとって有利に作用したのは事実だとしても、この勝利によってF1 GTRがスーパースポーツカー界のスターダムに一気に上り詰めたことも間違いなかった。  



今日、改めてドライブしても、F1は常識外れのスーパースポーツカーだということがわかる。シャシーナンバー037は、幸運にも私がステアリングを握った3台目のF1。車全体の印象を支配しているのは、排気量6.1リッターのV12エンジンで、極めてレスポンスが鋭く、スロットル操作のかすかな動きにも生き生きと反応してくれる。パワフルなことはいうまでもないが、決して凶暴なわけではない。ただし、ギアボックスのゲートが極めてタイトなため、初めのうちは2速から3速へのギアチェンジでシフトミスを犯すのではないかと心配になる。そのため、ペースを上げて走るには、ちょっとした勇気が必要だろう。  



しかも、弾けるようにレスポンスするV12エンジンに比べると、それ以外のコントロール系はやや反応が鈍いように感じられる。ステアリングは芳醇なインフォメーションをもたらしてくれるいっぽうで操舵力が重く、センタリングもどちらかといえば弱い。また、ブレーキングに絶対の安心感が備わっているかといえば、そうとも言いがたい。しかも、サスペンションはロール、スクワット、ノーズダイブのいずれに対しても大きな動きを許容し、タイヤのサイドウォールも柔軟性に富んでいるため、腕利きのドライバーであればすぐに手詰まりのように感じられるだろう。ハードなブレーキングをして、ノーズダイブを繊細にコントロールし、キャビン後方にあるエンジンの荷重を意識しながら少しだけ操舵量を増す...。そこまでできたら、次は細心の注意を払ってスロットルペダルを踏み込むべきときである。  



F1は積極的にコントロールすべきマシンで、そうでなければドライバーが車に操られているように感じられるかもしれない。そして車の動きにあわせて巧みに操縦する必要がある。F1はまた、所有してもっとも誇りを感じられる1台でもある。なぜなら、スロットルペダルを踏み込むたびにスリルを味わえると同時に、パワー・ウェイト・レシオという言葉に思いを馳せ、ステアリングを握るたびに新しいなにかを体験できるスーパースポーツカーでもあるからだ。そして古い911を正しく操るうえで荷重移動のコツを掴むのが必要になるのと同じように、マクラーレンもたった1日ですべてが理解できるわけではないと心得たほうがいい。



1995年 マクラーレンF1
エンジン:6064cc、V型12気筒、DOHC、48バルブ、電子制御燃料噴射およびエンジン・マネージメント
最高出力:627bhp / 7500rpm
最大トルク:479lb-ft / 4000~7000rpm
変速機:6段MT、後輪駆動、リミテッド・スリップ・デフ
ステアリング:ラック&ピニオン
サスペンション(前/後):ダブルウィッシュボーン、軽合金製ダンパー、コイルスプリング、ダンパー、アンチロールバー
ブレーキ:ディスク(ノンサーボ)
車重:1137kg
最高速度:240mph(384km/h )、0-60mph:3.2秒


【中編】ではポルシェ911GT1、【後編】ではメルセデスAMG CLK GTRに迫る。

編集翻訳:大谷達也 Transcreation: Tatsuya OTANI Words: Henry Catchpole Photography:Andy Morgan

編集翻訳:大谷達也 Transcreation:Tatsuya OTANI

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