彼女の名は「セラス」|クラシックカーコレクターが救い出した、水上の貴婦人

Photography:Max Serra



クラシックコレクターが救い出す

これを買い取ったのが建築家でカーコレクターのコラード・ロプレストだ。彼は、ショーカーやプロトタイプなど希少なモデルを中心にコレクションすることで知られ、ヴィラ・デステの常連である(訳注:京都・二条城でのコンクール・デレガンスにも出品している)。  

コラードは次のように振り返る。「あれは2009年だった。ファミリーボートを探し始めたときだ。夏の休暇中に地中海で使いたいと考えていた。現代のボートは、効率性では申し分ないし、5人家族と数匹の犬や友人たちと使う分には最適だ。しかし、私が求めるもの、所有するクラシックカーに感じるようなスタイルと魂には欠けていた。そこで、もっとクラシックな船にターゲットを移したところ、セラスを見つけたんだ。愛情と手間をかけてやる必要はあったけれど、私は初めて見たときに、そのヒストリーを知るずっと以前にもかかわらず、彼女には何か訴えたいものがあると分かった」 

こうしてコラードは、完全なレストアが必要であることを承知の上でセラスを購入した。大々的な作業となり、金属部分はすべてサンドブラストをかけてチェックし、必要な箇所はレストアをおこなった。機構部分とデッキハウスもすべて整備された。 







「私たちはヨットをオリジナルの外観に戻した。再び2本マストにし、1930年代に存在したディテールをひとつ残らず追い求めた」とロプレストは語る。  

セラスのレストアは容易ではなかった。フォッピアーノはこう話す。「船上で数週間すごすこともあるでしょうから、クラシックカーより妥協する必要があります。空調は不可欠ですし、現代的な設備へのアップグレードも必要です。また、コラードの息子たちは全員20代前半なので、その希望を満たすため、最新式のオーディオシステムを導入する必要もありました。スピーカーは見た目があまりにも現代的なので、たいへんでしたよ。私たちは2基目の発電機と現代的設備を取り付けましたが、ウッドワークは内外とも、ほぼすべて残すことができました。幸い、ほとんどの家具は状態がよかったので、私たちは部分的な交換をせずにレストアするよう懸命に努力しました。チーク材はすべてオリジナルのままだったのです。エンジンについては、オリジナルのガードナー製を2基入手でき、倉庫に保管してあります。私たちは引き続き現代的なカミンズ製を使うことにしました。燃費がよく、巡航速度は同等ですが、メンテナンスは少なくて済むからです」



 

古いガードナー製エンジンは、潤滑油の注入に時間がかかり、スペシャリストによる整備を必要とする。それでも見た目ではこちらを選びたいというのがロプレストの本心だ。フォッピアーノは胸を張る。「セラスは、現在イタリアにある4隻の"姉妹"の中で最もオリジナルの状態です」

1960年代には多くのクラシックボートがイタリアに停泊していた。地中海は使用に最適な天候やコンディションだったからだ。ロプレストはこう話す。「既に何度も南イタリアや島々をクルーズして夏をすごしたから、セラスがこの新しい暮らしにすっかりなじんでいるのは確かだよ。もっと寒い気候に合わせて造られたのだろうが、イタリアの暑い夏も快適にすごせて、家族全員に日陰とスペースを提供してくれる。現代の基準では細身だけれど、当時としては幅の広いヨット だった。たいていハーバーで最も美しいヨットだよ。今は、イタリア最古で最も名高いヨットクラブ・イタリアーノの三角旗を掲げている」  



クラシックカーと同じように、時の流れこそ最良の審判だ。最高のものは生き残り、それ以外は忘れ去られる。ただし、古い車に慣れている者がクラシックボートに接するときには、考え方を変える必要がある。私たちは乗船中に激しい風雨を経験した。水がエンジンルームに入るのを見た私は慌てふためいたが、ロプレストは落ち着いた様子で、水がどこから入ってきたか尋ねた。「ルーフから落ちてきた」と私がいうと、彼はこう答えた。「それなら問題ないよ。心配しなきゃならないのは、水が下から上がってきたときさ」



編集翻訳:伊東和彦 (Mobi-curators Labo.) Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.)
原文翻訳:木下 恵 Translation:Megumi KINOSHITA
Words:Massimo Delbò Photography:Max Serra
THANKS TO Francesco Foppiano.

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation:Megumi KINOSHITA Words:Massimo Delbò Photography:Max Serra

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