アストンマーティンDBXと「あさば旅館」に見る、時間を超越した「伝統と革新」の美意識

Ken TANAYANAGI

オクタン日本版では、真のヨーロピアン・ラグジュアリーを提唱する自治運営の協会組織である「ルレ・エ・シャトー」に加盟している日本のホテルを、本当の一流を知るブランド、アストンマーティンで巡る企画を進めている。アストンマーティンが、そして「ルレ・エ・シャトー」加盟のホテルによる世界観がどう共鳴するのかを、車での旅を通じて確かめようという狙いだ。

1950年代のフランスに端を発した「ルレ・エ・シャトー」は1974年に設立。世界62ヶ国、約580のホテルとレストランが加盟している。加盟できるか否かは、そのホテルとレストランの格式のみならず、「世界各国・地域のホスピタリティーや食文化の多様性と豊かさを大切に守り、より多くのお客様へ提唱していく」という理念を共有できるか。

その厳正な審査基準により、日本の宿はわずか11軒しか登録されておらず、それゆえに日本国内のみならず海外から日本を訪れる旅行者にとっての信頼できるベンチマークとして機能している。

今回DBXで向かったのはその「ルレ・エ・シャトー」のひとつ、伊豆・修善寺の老舗「あさば旅館」。

修善寺温泉の由来は807年にまで遡る。弘法大師が創建したと伝えられる修善寺(当時は桂谷山寺と呼ばれていた)そばの河原で、弘法大師が突いた岩から湯が湧き出したことがそのはじまりと伝えられている。そして1675年、修善寺の門前に浅羽弥九郎幸忠がはじめた「浅羽楼」という宿坊が現在の「あさば旅館」だ。

かつて川端康成は伊豆半島を評してこう記している。「伊豆半島全体が一つの大きい公園である。一つの大きい遊歩場である。つまり、伊豆は半島のいたるところに自然の恵みがあり、美しさの変化がある」(改造社「日本地理体系」伊豆序説 より)。

伊豆半島が乗っているフィリピン海プレートが日本の本州に向かい動き続けたことで盛り上がり、天城山や達磨山といった複数の火山の噴火により形作られた複雑な地形は、多くの美しい景観や随所に温泉が湧き出す特殊な半島を形成、ユネスコによりジオパークして認定もされている。なかでも最古の温泉とされるのが修善寺温泉だ。

修善寺と「あさば旅館」の間を流れる桂川、そのほとりをDBXが走る。伊豆半島ではかねてより、川のほとりに街道が通り、そこを人々が往来してきた。

アストンマーティン横浜を起点とすると、「あさば旅館」までは東名高速道路、伊豆縦貫道を経由して100kmほど、時間が許せば延々と続く国道134号線をトレースしながら箱根を越える昔ながらのドライブルートもいいだろう。高速道路からワインディングまでをクルーズするには充分すぎるほどのゆとりを持ったパワーがもたらすのは、車に身を委ねて過ごす穏やかな旅だ。低く唸るエンジン音が流れる景色のBGMとなり穏やかに心をくすぐる。しかしこのサウンドが同乗者との会話を決して邪魔することはない。エンジンの音がまったく聞こえなければアストンマーティンに乗る意味はない。しかし、それがノイズであってはならない。絶妙のチューニングといえるだろう。

1913年創立のアストンマーティンが、100年以上の年を経てはじめて生み出したSUVが、2019年に発表されたアストンマーティンDBXだ。ラグジュアリーSUVと定義されたこの車は、かねてのアストンマーティンの他の車両同様に流麗な曲線で構成されるエレガントなプロポーションを持つ。

「行く先を選ばない」とアストンマーティンが謳うように、最大出力542馬力、最高速は時速291km/hを叩き出し、ホイールごとに装備された電気制御アダプティブダンピングによる、上質な乗り心地と、コントロール性の高さを両立している。

伊豆縦貫道を降りれば、数分で修善寺へと到着する。今回は少しだけ寄り道をして駿河湾、そして富士山を見通す高原の展望台へと向かった。ご賢察の通り、DBXは斜度の厳しい坂道も軽々と登っていく。下りながらカーブを曲がるという車重のあるSUVには苦手な動作も、車軸とホイールの動く量を最大化する48Vアンチロールシステムにより、しっかりとした接地感でコーナーをクリアしていく。強度、剛性に加え超軽量を実現する接合アルミニウムによるアーキテクチャも一役買っているはずだ。「あさば旅館」に向かうため同じ道を引き返したが、これほど険しい斜面を静かに走り抜けたのかと驚いた場所が何箇所もあったことも記しておきたい。



小さな温泉街で道幅は狭い。全幅1,995mmのサイズながらルーフに向けて絞れた形状と曲線を多用したデザインにより、決して威圧感のないジェントルな佇まい。

運転していた時間がさほど長くなかったこともあったが、疲れを感じることなく「あさば旅館」の門をくぐる。聞けば門扉は2021年6月に改修したばかりだという。真新しい色の柱と、かすかに残る漆に歴史の重みを感じさせる木彫の部分を残した絶妙のフュージョン。複数の時間軸が寄り添うことがこれほどまでに美しいとは、と息を呑む。



まだ若い木材と、数百年を経て深みのある色を得た木彫がコントラストを成しながらも調和する。新しいものを取り入れることに挑戦する勇気は、創設から500年以上という年月が培ってきたものだろう。

木の温かみを感じさせながらも凛とした空気の流れる館内に一歩足を踏み入れれば、採光の良いガラス戸の向こうに、広々とした池、そして「あさば旅館」の特徴でもある、明治後期から受け継がれる能舞台「月桂殿」。

客室前の廊下。かつては客室の入口の間に段差があったが、そこにゲストが躓かないよう廊下を一段あげたという。簾のかかったガラス戸の向こうは小さな中庭。



野村萬斎、松田弘之、新内仲三郎、新内多賀太夫ほか、当代一流の演者により、能楽、狂言、新内や文楽などの日本の伝統芸能を公演しているという。手前の石舞台も演目により使用する。

ひときわ目を引くのは池の奥に能舞台を望むカフェテラスだ。ラフなレンガ壁をホワイトで塗りしめた、温かみのあるモダンな壁面には、イエローとホワイトのパネルを並べたダニエル・ビュレンのアート作品や、同じく白で統一された、ベルトイヤーの名作椅子・ダイヤモンドチェアが並ぶ。書棚に置かれたデザイン、建築、歴史にまつわる書籍を手に取るのもよい。





500年以上の歴史を持つ「あさば旅館」にあってモダンリビングが見事に調和している。白壁の間には伝統を受け継ぐ柱を残し、極めて控えめに「伝統」を主張する。

全16室の客室には、それぞれ能の演目から名前がつけられている。その中で最も広い客室が、2019年の夏に誕生した「はなれ天鼓」。12.5畳の寝室、12.5畳の和室、そして広縁に加え、石造りのテラス。広さは約220平方メートルになる。





寝室にはシモンズのベッドが備えてあるが、和室には座卓と座布団。食事はここで供される。16室ある「あさば旅館」の客室のなかで、ベッドを置くのはこの離れと、もう一部屋のみ。ほかの客室では、食事を供する和室に布団を敷く。日本の伝統旅館のスタイルを守り続けている側面もあるあたりは実に興味深い。

和室と池に面した窓の間には、和室同等の広さを持つ広縁を備える。上がり框にはあえて槌目を残す。控えめな遊び心を感じさせる面白い造りだ。窓をあければ、柔らかい風が部屋を満たし、屋内にいながらにして屋外でくつろいでいるような心持ちになれる。


食事では、修善寺で取れる黒米とあなごの寿司が定番として知られている。ほか駿河湾であがった旬の海鮮や、地元でとれるわさび。控えめながら吟味された作家物の皿に、野趣あふれる食材が鎮座する。その妙味を、あさばでは「それぞれの食材を一番美味しい時期に一番おいしい調理法で提供する」とする。これもまさに「ルレ・エ・シャトー」が唱える価値、すなわち、地域との共存や地域文化の尊重、地域に伝わるもてなしや料理をさらに進化させることの実践にほかならない。



池の奥には里山のような修善寺の自然が広がるが、もちろんこれは丁寧に手入れがされているもの。細く流れる滝の水音もまたゲストへのもてなし。夜間には睡眠の妨げにならないよう、滝の流れを止める。

ほか客室にはミッドセンチュリー期を代表する名作チェアが置かれ、クリーンな和室との調和を見せている。また、リ・ウーファンの現代アート作品が壁面に設置されたロビーには革と布張りのカーミットチェアまでも置かれている。

現代アートやヨーロッパ、アメリカ発祥のインテリア家具。その横に黒光りした螺鈿を施した和箪笥がティーテーブルのように控える。

ただの和風モダンのラグジュアリーを遥かに越えた、挑戦心に溢れた革新性がそこにあった。優れた美意識は時空を超越して共鳴するのか。さりげなく置かれただけのような、和洋折衷の妙。DBXのオーナーなら、はっと思い当たる節もあるかもしれない。それは磨き上げたアルミニウムと天然木を組み合わせたDBXのインテリアにも通じるものがある。アストンマーティン一流のクラフトマンシップで統一された世界観。それは視覚的にも、触覚的にも、無意識のレベルにはたらきかけて人をもてなす。

500年の歴史がある日本の伝統的な温泉旅館に、人はなにを期待して訪れるのだろう。ただ古さという名の伝統を残していれば、きっとゲストはそれなりの満足を得るはずだ。そのためには多少の不便や居心地には目を瞑るかもしれない。しかし「あさば旅館」はその先を行く。ただ日本的なものだけをプレゼンテーションするのではなく、清潔でラグジュアリーであるなかにも、異質な要素を取り入れ、センスよくパッケージングする。修善寺そばの宿坊から始まり、桂川を挟んだ対岸へと居を移し、そして500年以上にわたり革新を続けてきたのではないだろうか。その伝統を重んじた革新性こそが、アストンマーティン、ひいてはDBの名を冠した初のSUVとして、伝統の一部になることを宿命づけられたこのDBXと共鳴する部分だ。





天然木の木目が流れる向きにまで気を配ってデザインされているがゆえの調和。目立たないまでも細部までこだわりを尽くすとはこういうことであり、この配慮こそが上質のホスピタリティーでもある。

最後に、修善寺といえば二代目将軍源頼家が幽閉されたのちに非業の死を遂げた場所としても知られている。「番町皿屋敷」を著した作家・岡本綺堂は、頼家の哀しい運命を描いた「修善寺物語」をのこしており、能の演目にもなっている。「あさば旅館」にも文庫版の初版本が置いてある。短いストーリーなので、訪れた方には、滞在中に読んでみることをぜひおすすめしたい。未読の方のため物語の筋は割愛させていただくが、修善寺との間を流れる桂川の風情、「あさば旅館」で感じる静かな空気も、より深い「寂び」を感じられるだろう。

苔むした石の塀、そしてグリーンの植栽にも調和するDBX。巨体のSUVらしからぬ控えめな佇まいだ。

文:青山鼓 写真:高柳健、あさば旅館
Words:Tsuzumi AOYAMA Photography:Ken TAKAYANAGI、ASABA


あさば
〒410-2416 静岡県伊豆市修善寺3450-1
TEL:0558-72-7000(代)
FAX:0558-72-7077
MAIL:info@asaba-ryokan.com

※2011年11月10日より2022年3月31日までサロンの手直しをさせて頂くため、お飲物等はロビーにて、ご対応させていただきます。


アストンマーティン横浜
〒231-0023 神奈川県横浜市中区山下町30番地
TEL: 045-663-1007
FAX: 045-305-4570
E-mail: info@graz-yokohama.jp
営業時間: 10:00~18:00
定休日: 月・火曜日


アストンマーティン DBX
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5039×1998×1680mm
●ホイールベース:3060mm
●重量:2245kg(乾燥重量)
●駆動方式:AWD
●エンジン:V8 DOHC32バルブ ツインターボ
●排気量:3982cc
●最高出力:405kW(550ps)/6500rpm
●最大トルク:700Nm(71.4kgm)/2200-5000rpm
●トランスミッション:9速AT
●EU複合モード燃費:6.98km/L(目標値)
●タイヤサイズ:前285/40YR22、後325/35YR22
●税込価格:2299万5000円

文:青山鼓 写真:高柳健、あさば旅館

無料メールマガジン登録   人気の記事や編集部おすすめ記事を配信         
登録することで、会員規約に同意したものとみなされます。

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

RANKING人気の記事