最も新しい強羅花壇とアストンマーティン・ヴァンテージロードスターの極上時間

強羅花壇とアストンマーティン・ヴァンテージロードスター。この何気ない一枚に、実は最上を知り尽くした者のみが味わえる時間が集約されている。(写真:高柳 健)

90年代初頭。南仏のオーベルジュで、筆者は一冊の分厚い白い本と出会った。それはフルール・ド・リス(百合の紋章)が表紙に大きく印刷された、ホテルとレストランのガイドブックであり、とても装丁の美しい本だった。「ルレ・エ・シャトー」は、既に有名だったミシュランガイドとは異なり、どのページをめくっても、それぞれこだわりのある独立系のホテルやレストランが美しい写真で綴られていた。まさに一日中眺めていても、その世界観は飽きることがなかった。そのほとんどがヨーロッパのエスプリとも言えるような素晴らしいホテルのコレクションであったが、その時ふと、日本のページを発見して驚いたことを覚えている。そこには強羅花壇がポツンと紹介されていたのだが、まさかプロヴァンスで、日本の旅館に出会おうとは夢にも思わなかった。あれからかなりの時間が経ったが、未だ日本の宿は11軒の登録に留まっている。



強羅花壇を象徴する柱廊。開業から現在に至るまで、箱根の空気を館内に満たしてきた。床は山田脩二氏による、淡路瓦を使用している。他にも館内には日本を象徴するかのように同素材の瓦のオブジェが点在する。

「ルレ・エ・シャトー」の歴史は1950年代のフランスに発し、組織としては1974年が正式な設立となる。地域との共存、人間性、共有、コミットメントを掲げ、その価値を共有できる個性あるホテルとレストランのみが加盟を許される。現在、世界62カ国、約580のホテルとレストランが加盟するが、前述の通り、日本での宿泊施設の登録は11軒だ。「ならば、世界が認めたものを自分たちの目と最上の車で確認しようじゃないか」というのが本企画の骨子だ。

トップをクローズドにして、箱根のワインディングを楽しんだら、スローダウンして7秒でオープンエアに。よく躾けられたエンジンと足回りが安心を与えてくれる。

今回、「ルレ・エ・シャトー」に日本として最初の加盟となった強羅花壇へ、アストンマーティン・ジャパンの協力を得て、アストンマーティン・ヴァンテージロードスターで訪れる機会を得た。出発地となったアストンマーティン青山ハウスは、世界に3つしか存在しないアストンマーティンのブランドセンターであり、その歴史やライフスタイルなどのブランド哲学に触れることができる。ちなみに現在は2021年10月に公開される映画007の最新作『No Time To Die』に関連したグッズなども展開中で、アストンマーティンファンなら一度は訪れてみたい場所だ。ここには国内のフラッグシップディーラーであるアストンマーティン東京も併設されており、最新モデルの展示車や試乗車をじっくり見て、乗って、納得いくまでアストンマーティンを堪能することができる。

最新モデルの中からなぜヴァンテージロードスターを選んだのか。例えば箱根には場所によって、いろいろな表情や個性がある。裏街道のような細い道もあれば、イギリスの湖水地方を彷彿とさせる芦ノ湖周辺のように眺望よく開けた道もある。アメリカの西海岸のような単調な道が続くのではなく、訪れる時間や場所によって、幾重にも折り重なった歴史や文化を体感できるのが箱根の特徴である。しかもアストンマーティン東京ショールームからは1時間半という至近だ。そんな様々なロケーションを楽しむパートナーにヴァンテージロードスターは最適だ。

朝降っていた雨が撮影と同時に上がる。すかさず幌を開けると、たちまち澄んだ箱根の空気に包まれる。ヴァンテージロードスターを所有する者だけが味わえる極上の瞬間だ。

晴れた日の芦ノ湖スカイラインでは、幌を畳んで、光と風と一体になるドライビングが楽しめるだけでなく、霧に煙る仙石原ではしっとりと抑えた走りも楽しい。シンプルにクルージングするだけでも、日常を非日常に変えてくれるのがアストン・マーティンの特徴ではあるが、このヴァンテージは、どの速度域、環境においても実によく躾けられている。走ることを楽しみ、流れていく風景を最大限に楽しむためにもヴァンテージロードスターは最高の選択だろう。

件の「ルレ・エ・シャトー」にはなぜ強羅花壇が選ばれたのかが英文で丁寧に紹介されていたが、それはこれまで私たち日本人が想像する「旅館」の概念とは大きく異なっていた。象徴的なガラスの柱廊にガラスブロックが天井に巡らされたプール、現代ではリノベーション方程式の常識となった和モダンにしつらえられたラグジュアリーな客室。そのどれもがそこはかとなく日本を感じることのできるエキゾチックさが丁寧に演出されており、いかにも西洋人の上流階級が喜びそうなアプローチのように見えた。





和の清々しさと、洋の重厚感を見事に融和させた「和モダン」というスタイルを確立したのも強羅花壇だろう。宮家ゆかりの洋館である強羅花壇別館は、現在は「懐石料理 花壇」として営業している。ガラスの天井をもつプールほか、本格的なジムを備える“旅館”は当時画期的ですらあった。

とはいえまだ当時は、和食が世界遺産に認定されるなど誰も想像できなかった頃だ。日本人として少しこそばゆい気持ちがしたのも事実だ。あれから約四半世紀。今や日本を代表するラグジュアリー旅館として、進化と深化を遂げてきた強羅花壇。既に日本を代表する存在になった感はあるが、実際本当に海外での人気は高い。取材に訪れる海外のメディアを感嘆させ、セレブリティはいうまでもなく、一般的な外国人の宿泊客を魅了し続けているのはなぜだろうか。

その理由の一つは、細部にわたる宿側の徹底したこだわりや演出だ。日本の建築様式をベースとしながら、違和感を感じさせない和洋折衷のインテリアなど、大小の小道具に徹底的にこだわっている。有名なガラスの柱廊など、一見派手な舞台装置のようにも見えるが、実際は来訪者が最初に季節を感じる装置としての役割が大きいという。来訪者はそうした“舞台装置”を通じて知らぬ間に強羅花壇の空気に馴染んでいく。強羅花壇に宿泊されたことのある方であればお気づきだっただろうか。客室にはエアコンがどこにも見当たらない。強羅花壇では、ふすまやガラス戸の敷居の手前にスリット(溝)が切ってあり、床下に冷暖房が仕掛けられている。快適な空気でさえ、ゲストに意識させないことが強羅花壇のもてなしなのだ。







本文中で触れている“離れ”には2つの部屋があり、こちらは「花香」。床の間を配した伝統的和室と巨岩をくり抜いた豪快な露天風呂が対を成している。上段の畳の間仕切りに見えるスリットが空調の吹き出し口。まず気付く人はいないだろう。部屋の隅には硯も。

また、訪問者それぞれの目的にまで徹底的に配慮する。強羅花壇を訪れるならば完全にプライベートが守られた空間で、静寂を手に入れたいと思う方は少なくないだろう。そういう向きには誰にも会わずにチェックイン・アウトが可能な“離れ”が用意され、完璧に演出された“舞台装置”によって、ただそこにいることが楽しめるようになっている。「花香」には、巨岩をくり抜いて特別に設えられた露天風呂が、美しい箱庭に置かれている。ただ眺めているだけでもくつろぐことができるが、湯をじっくりと楽しんでいると、時間が経つのを忘れてしまう。また今春より新装なった「別邸」の「暁」では、縁側に置かれた露天風呂から広大な枯山水の中庭を独占できるという、スペクタキュラーな体験もできる。

こちらは“離れ”となる「花香」のエントランス。完全なプライベートを守るために、チェックイン・アウトはすべてこちらで行うことができる。日常で得られない静寂を可能にすることも「おもてなし」だ。





2021年4月に営業開始となったばかりの“別邸”「暁」から望む枯山水の庭。ほぼ「暁」からの独占となるこの庭をはじめ、そこかしこに上質なディテールが散りばめられている。

これはヴァンテージロードスターのオーナーであればわかっていただける喜びだろう。なぜならヴァンテージロードスターは、ともすれば相反するオーナーの欲求を、オーナーがほぼ意識することなく提供してくれる車だからだ。信号待ちの間、ふと幌を開けたくなれば、その開閉には7秒あればいい。タキシードからデニムジーンズへと着替えた時ほどの劇的変化を瞬時にやってのける。オープンカーの宿命とも言える風の巻き込みの制御も素晴らしい。風は感じたいが、風に悩まされたくはないという矛盾に完璧に答えている。走行モードではS、+Sだけでなく、+TRACKのサーキット走行用まで用意されている。トラックモードにしてサーキットで全開することなどの欲求に駆られることもあるが、その暴力的な加速で得られる快感とは別に、穏やかな秋の箱根を軽く流す時は、抑えの利いたジェントルマン然とした態度でクルージングするだけでも気持ちが豊かになる。

その圧倒的パフォーマンスを感じさせないエレガントな佇まいこそが、現代的ラグジュアリーのベンチマークたる所以だ。

もちろん、誰が見てもタダモノではない外観であるのは間違いないし、ボンネットの下には野獣の心臓が埋め込まれており、そこここにレーシングカーのDNAを感じることができる。だが、他のスーパーカーたちと比較して、よくぞここまで涼しい顔で、場所を選ばず自然に溶け込めるものだと感心する。どんなものでも受け入れる包容力と寛容性、これぞ英国紳士的というものだ。まさに車のジェームズ・ボンドだとも言えるだろう。

自分が望む何かを、あらゆる形で応えてくれることは最上の喜びだ。本当の居心地の良さは、虚仮威しの豪華さから得られるものではなく、それぞれの個性を大切にすることであり、異なるものすら優しく包み込むことのできる価値観を提供することだ。単に「豪華」を意味するラグジュアリーとは異なり、館内の一つ一つの空間や従業員の所作、たたずまいに丁寧に気を配り、そこに宿る心や精神性を大切にすることによってラグジュアリーを感じることできる。「おもてなし」とは、「個性」というものはそういうもの、強羅花壇とはそういう場所だ。

そういえば映画「007は二度死ぬ(67年)」では、ジェームズ・ボンドが日本人として集落に溶け込み、ボンドガールと日常生活を送るシーンがある。映画の中ではラグジュアリー感とは程遠く、日本人から見ても日本人とは思えない「太郎(ボンドの日本での名前)」だが、やはりまごうことなくボンドはボンドのたたずまいだった。
強羅花壇前にさりげなく停められたヴァンテージロードスターはそういう存在に写った。


文:田窪寿保、オクタン日本版編集部 写真:高柳健
Words: Toshiyasu TAKUBO,Octane Japan  Photography: Ken TAKAYANAGI



強羅花壇
〒250-0408神奈川県足柄下郡箱根町強羅1300
(東京より東名高速道路、小田原厚木道路経由 国道一号線にて約120分)
TEL:0460-82-3331
FAX:0460-82-3334
チェックイン:15:00~19:00
チェックアウト:11:00まで


アストンマーティン東京ショールーム
〒107-0061 東京都港区北青山1-2-3
TEL:03-5410-0070
営業時間:10:00〜18:00
定休日:無(夏季休暇・年末年始を除く)


アストンマーティン・ヴァンテージロードスター
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4465×1942×1273mm
ホイールベース:2704mm
車重:1628kg(乾燥重量)
乗車定員:2名
駆動方式:FR
エンジン:4リッターV8 DOHC 32バルブ ターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:510PS(375kW)/6000rpm
最大トルク:685N・m(69.8kgf・m)/5000rpm
タイヤ:(前)255/40ZR20 101Y/(後)295/35ZR20 105Y(ピレリPゼロ)
価格:2159万9000円/撮影車両

文:田窪寿保、オクタン日本版編集部 写真:高柳健

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