レプリカではない、幻の「5台目」を創り出す|フェラーリ330LMBプロジェクト【前編】

Photography:Sam Chick, Tim Scott, Scott Pattenden

かつてフェラーリ330 LMBは、たった4台しか存在しなかった。しかし今、あるエンスージアストの遺志を継いだイギリスの会社が5台目を完成させた。


「オマージュ」とも少し違う。「ツールルームコピー」でもない。「ファクシミリ」もいまひとつだ。「エヴォケーション」「リクリエーション」「リファッショニング」は、どれもピンとこない。間違っても「リイマジネーション」や「レストモッド」ではない。「コンティニュエーション」もしっくりこない…。

かつて、ジャーナリストのデニス・ジェンキンソンがシンプルに整理したレプリカの呼称も、今はこのとおり無数にあるが、それでもベル・スポーツ&クラシックのトム・キングは納得できるものを探しあぐねている。トムに話を聞こう。「私たちも散々悩んだんですよ。本当です。でも、ぴったりのものが見つからない。最も近いのは"リマスタード"です。情熱と明確な意図が感じられるので。けれど、やはり完璧ではありません。いずれにしても、おそらくデビッド・ブラウン・オートモーティブが商標を取っているでしょうし…」

たった4台の330LMB


呼び方に悩んでいるその車とは、フェラーリ330 LMBだ。330 GTをドナーに、ロードカーとして「リキャスト」(これは私の案)した、マラネロで最も希少なレーシングカーのGTバージョンである。『Octane』の興味をかきたてたのは、その変貌ぶりと仕事の質もさることながら、GTOのレプリカではないという点だった。

プロジェクトの始動は数年前にさかのぼる。ベル・スポーツ&クラシックは、幸運にもオリジナルの330 GTを失う罪悪感を味わうことなく、LMBを完成させることができた。というのも、このプロジェクトはエセックスの農場主エド・カーターとフェラーリの権威テリー・ホイルの企てとして始まったからだ。数台のフェラーリを所有していたカーターは、高性能の250 SWBかGTOのレプリカ製作について思い巡らせていた。そんなとき、330 LMBのシャシーナンバー4725 SAを手掛けた経験のあるホイルが、希少性でははるかに高いLMBにしてはどうかと提案したのである。



なにしろGTOの数はLMBに比べれば10倍近い。対してLMBは数年のちのモデルで、ルッソの流れを汲んでおり、希少性にも勝る大きな魅力がある。マイク・パークスが開発に携わった330 LMB(ル・マン・ベルリネッタ)は、新レギュレーションに合わせて造られ、1963年のル・マンに出走した。いわば4ℓV12エンジンを搭載した330 GTOの技術的なアップデート版ともいうべきもので、名高い250GTOからはさらに離れていた。

330 GTOが実質的にはエンジンを拡大した250 GTOのクローンだったのに対し、330 LMBはルッソに負うところが大きかった。シャシーはGTOよりわずかに長いが、330GTよりは短い。ステアリングはウォーム&ローラー式、車重は1トンに満たず、最高速は280km/hといわれている。なんといっても肝はエンジンだ。2953ccのコロンボV12に6連ウェバー38 DCNという組み合わせに代えて、3967ccバージョンと6連ウェバー42が搭載された。この4リッターエンジンは、ドライサンプ潤滑方式のSOHCで、1962年のル・マン優勝車330 TRIのエンジンを大幅に踏襲していた。4台のLMB(シャシーナンバー4381 SA、4453 SA、4725SA、4619 SA)のギアボックスは4段だったというのが定説だが、この点はあとで触れる。

ル・マンでは、マイク・サーモン/ジャック・シアーズ組がマラネロ・コンセッショネアーズのLMBで5位フィニッシュを飾る。3リッターのフェラーリ3台の後ろ、ガスタービンのローバーBRM(グレアム・ヒル/リッチー・ギンサー組)の2つ前だ。他のLMBは、NARTのダン・ガーニー/ジム・ホール組がギアボックストラブルで126周目にリタイアし、プライベートでエントリーしたピエール・ノブレ/ジャン・ギシェ組は79周しかもたなかった。少し関連のあるNARTの330TRI/LMスパイダー(0780 TRは1960年にファントゥッツィボディの250 TRIとして誕生した)のペドロ・ロドリゲス/ロジャー・ペンスキー組も、9時間で息絶えた。

第一線での短いキャリアを終えたLMBは、ヒストリックレースで注目を集め、名だたる目利きコレクターを虜にしてきた。フリートヘルム・ロー、ハリー・レヴェンティス、ロブ・ウォルトン、バムフォード卿といった面々だ。現在の価値はといえば、公に売りに出されることが滅多にないので、知る由もない。GTOより低いが、SWBより高い、といったところだろうか。

忠実な複製を造る計画


カーターは、提案をすぐに受け入れて、ドナーとして右ハンドルの1964年330 GTを購入した。シャシーは短縮され(それでもGTOより20mm長い)、ボブ・スミス率いるRSパネルズが、ホイルの所有する"本物の"4725 SAの写真から木型を造り、念のためニューヨークへ出向いて採寸し、厚紙のパネルを作って確認した。ところが、プロジェクトは悲劇的な形で中断を余儀なくされる。2015年9月、72歳のカーターが、所有する戦前のベントレーを運転中に、事故で命を落としたのである。その2年後に、プロジェクトはベル・スポーツ&クラシックに移管されたのである。

ベルは面白い会社だ。私たちの試乗に付き添ったトム・キング、ピーター・スミス、マット・ウィルソンは、3人とも高級クラシックカーディーラーのHRオーウェンからの移籍組である。会社に戻れば、社長のティム・カーンズと、ワークショップを取り仕切るアッティリオ・ロマーノもそうだ。会社を興したピーター・ベルは、ジェリカンで財を成した人物で、プラスチック製の燃料タンクにイギリスでいち早く目を付け、生産した。ベルを設立した主な目的は、ヒーレーを中心とする自身のクラシック・コレクションの面倒を見るためだった。12年ほど前に新オーナーに変わってからも対象はほぼ同じだったが、オーナーは2016年に、設立者と同じように自分のコレクションに合わせることを思い立ち、重点をフェラーリに移した。こうして、HRオーウェンだけでなく、フェラーリのスペシャリストであるDKエンジニアリングからも大量に引き抜いて、新たなミッションに乗り出したのである。それは、最も目の肥えたカスタマーに妥協のないサービスを提供して、(手始めに)フェラーリのレストアの基準を引き上げることだ。

330 LMBは、会社ではなくオーナー個人の所有で、売り物ではない。また、これを元にシリーズ化する予定もない(小切手の金額にもよるのでは? と考えずにはいられないが)。あくまでも、ベルの技術を示す走るショールーム、見本品として造られたのである。

このプロジェクトとベルを引き合わせたのはマット・ウィルソンだった。「私はエドとテリーとは知り合いでした。未完のプロジェクトが入手可能だと聞き、そのことをオーナーに話したのです。彼は興奮のあまり飛び跳ねていましたよ」とウィルソンは語る。到着以来、無数の人々が関わったが、立役者はエリオット・イーストだと誰もが口を揃える。イーストは3年もの時間を費やして完成に漕ぎつけた。「これは彼の子どもですよ」と話すのは、TVR、ポルシェ、ヘクサゴン、HRオーウェンを経てベルにやって来たレーシングドライバーのピーター・スミスだ。「私はテスト走行で彼を乗せました。手加減しなかったことは認めますが、最初から最後まで、彼が胸の痛みに耐えているのが伝わってきましたよ」

それは、イーストから詳しい説明を受けてよく分かった。遠慮がちな人物なので、最初は話を引き出すのに苦労したが、やがて言葉が流れ出すと、とめどなく溢れ出た。リアスクリーンをどう成形したか(ヘッドランプカバーと同様に、合金をその形に切り出し、それを型にしてアクリルガラスを成形。フロントガラスはルッソのものを流用)。入手不可能のウェバー42を、いかにしてイタリアでゼロから組み上げたか(それをアッティリオが数日かけてテストベンチで調整)。アルミニウムの窓枠を開口部に合わせていかに精密に製作したか。ゼロから製作したパーツには、シフトレバータレット(LMBとまったく同じ仕様。その下のギアボックスは異なる)のほか、燃料配管、リンケージ、バンジョー、オイルタンクと燃料タンク、オイルフィラーチューブとキャップ、ボンネットのストラップとフィニッシャーがあり、エグゾーストは低炭素鋼で造ってセラミックコートを施したことだ(ステンレスでは"らしく"ないので)。ウォーターポンプにはシュラウドを設け、ピニオンフランジは角度を調整したこと…。

窓枠は開口部に合わせて製作された。

仕事の質の高さを物語るベアメタル状態のボディシェル。


「できる限り社内でやるよう努力しました。そのほうが品質を管理できるからです」こう話すイーストは、フォードの見習いとしてキャリアをスタートさせた。「車が来たときには、90%は完成しているように見えました。しかし何でもそうですが、分解し始めるとほかのものが見つかって、間もなく、あちこちで問題を追いかけ回していました。ドアはまさにLMB仕様の薄さでしたが、オーナーの望む使いやすさやロードカーらしい重さではなかったので、パネルやヒンジなど、すべてをほんの少しずつ補強しました。製作のあらゆる面で、そうした過程を積み重ねました。すべて、同じものはハンドビルドです。レーシングカーとしての個性を犠牲にせずに快適性を向上させるには、繊細なバランスが求められます」

ロードカーらしい感触にするためにドアを補強した。

あとはインテリアを取り付けるばかり。

作業を見守るエリオット・イーストは、3年にわたってこの車に心血を注いだ。

完成車両は、意図したとおりの役割を果たしているだろうか。社長のカーンズは満足そうだ。「常に、エンジニアリング上100%完璧なものを目指すべきです。完璧なゴルフのラウンドと同じで、おそらく達成不可能だと分かっていても、挑戦をやめてはいけません。このLMBは、私たちの能力を示す見本であり、神はディテールに宿るといわれる証しです。簡単に達成できる部分ではなく、窓の止め金やドアハンドルといったアイテムでこそ、他から抜きん出ることができるのです」

【後編】に続く

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵
Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) Translation:Megumi KINOSHITA
Words:James Elliott Photography:Sam Chick, Tim Scott, Scott Pattenden

伊東和彦 (Mobi-curators Labo.)  原文翻訳:木下 恵

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