酷使された挙げ句、廃車置き場に何十年も放置されていた「バガボンド」

Motul

フランス北部の廃車置き場に放置されていた1945年製ルノーAHS3は、修復する価値がある、たいせつな歴史の証人だった。


軍隊で使われていたというこのルノー製トラックは、軍務を離れると、モチュール社のオイルを扱うディーラーに買い取られ、その後、モチュール社に移って、エンジンオイルの入った“一斗缶”をワークショップやガソリンスタンドに運ぶという、第二の任務に就くことになった。時には、モチュール社がサポートするレーシングカーをフランス国内のレース場に運ぶという、晴れやかな仕事もあったという。

北フランスにある多くのガレージやガソリンスタンドに通っていたこの実直なルノーは、長年にわたって酷使された後、納屋に保管され、2018年まで忘れ去られていた。



何十年も冬眠していたことで、塗装は色あせ、錆は広がっていたが、モチュールのトレードマークとキャブの上の「バガボンド」というニックネームは残っていた。“さすらい者”を意味するニックネームは、1950年代から60年代にかけて、このトラックが国内のさまざまな場所を訪れたことに因んでいる。ちなみに「ラ モウゼ(La Meuse)」と呼ばれるもう1台の“AHS3”は醸造所で使用されており、ノレブ社から1/43と1/87のモデルカーとして販売されている。



モチュールの重役であるロマン・グラボウスキーは、バガボンドの存在を知ったとき、このモチュールの遺産を保存すべきだとすぐに考えた。このトラックを買い取ると、ラ・シャペル・サン・ウルサンにある、レストア経験が豊富なペイントボックス・インダストリー社に依頼し、復活させることにした。

軍用トラックとして開発されたが…


ここで、バカボンドの話をするまえに、ルノーAHトラック・ファミリーを紹介しておこう。最初のバージョンは1939年に生まれたAHS2で、2.5トンクラスのフランス陸軍用に開発されたものだった。しかし、試作車を受け取ったフランス軍が“ノン”の決断を下したため、生産化されないことが決まりかけたが、ドイツ国防軍から注文が入り、AHは救われたのである。

AHシリーズには3種のモデルが用意された。AHSは積載量2トン、2.4リッター4気筒ガソリンエンジン。AHNは積載量4トン、4.1リッター6気筒(75bhp)。AHRは積載量5トンであった。どれも4段マニュアルギアボックスを装備し、1941年から47年にかけて製造された。ドイツ国防軍には、AHSが2万台以上、AHNが4000台、AHRが1000台以上供給された。戦後は、積載量が2トンから3.5トンの民生モデルも生産され、そのうちのひとつがバガボンドである。

錆は年輪、すべて残してレストアする


バーンファインドの話に戻ろう。ペイントボックス・インダストリー社のレストアチームであるロイック、アントワーヌ、フレッドの3人は、作業に取り掛かる前にレストアのレベルを決定することにした。最も簡単なのは、トラックを分解して新品同様の状態に戻すことだ。しかし、それではトラックの歴史が失われ、完璧にレストアされているにもかかわらず“不毛な車”になってしまう。そのため、レストアチームとモチュール社は、「歴史をできるだけ残しつつ、シャシー、ドライブトレイン、サスペンションを新品同様の状態にして、安全にイベントに参加できるようにしよう」という決定を下したのであった。



チームは、トラックの分解に着手し、外板を含めたすべてのコンディションを記録し、その「みすぼらしい外観」を維持できるようにした。一方、焼き付いていたエンジン、そしてギアボックスの修理は専門業者に任された。修理にあたっては、現代の無鉛ガソリンに合わせてバルブシートを交換し、旧式な4気筒サイドバルブエンジンの性能を少しでも引き出すために、85mmから87mmへとボアアップを施した。このために新しいピストンを装着しなければならなかったが、他のほとんどの部品はリビルドされており、新たなユニットにも使用することができた。



ドライブトレインが専門業者の下で生まれ変わる間、3人は数ヶ月かけてシャシーとボディの錆を落とし、段々と強固な基礎部分が明らかになっていった。この作業のほとんどは、スチールブラシを使って手作業でおこなわれ、可能な限りオリジナルの素材が再利用されている。

「細心の注意を払って洗浄、研磨、ブラッシングをおこなうだけでなく、スチールを70年以上前に製造された時の仕上げに戻すことにも尽力しました。スチールの特別な品質を損なうことなく、手作業で多くのブラッシングをこなしました。その後、手作業でエポキシ樹脂を塗って、錆びの拡大を防ぎ、道路での使用に耐えられるようにしました。愛情を持って取り組まなければならない仕事です」とフレッドは語る。

ロイック、アントワーヌ、フレッドの3人がボディの作業に取り組んでいる間に、サスペンションとブレーキの油圧系統もオーバーホールされた。アクスルには新しいブッシュが取り付けられ、スプリングとダンパーも新たに作り直された。さらに、新しいブレーキラインはスチール製のチューブで作られていたが、取り付けた後に元は銅パイプであったことが発覚したため、スチールではなくよりオリジナルに近い銅製に交換された。

とはいえ、このレストアで最も難しかったのは、数十年かけて育てられた錆をそのままにして、今後も維持できるようにすることだった。トラックを素地まで磨いて完全に再塗装するのでは意味がないのだ。そこで代わりに、魅力的な表面を維持するために、古い塗装を専門的に洗浄し、文字やロゴのひとつひとつを手作業でブラシを使って精巧に復元したのである。非常に手間のかかる作業だ。



整備されたシャシーとボディ、そして再生されたエンジンが再び組み合わされるまでには半年を要した。バガボンドは、数十年にわたって納屋に置かれていたが、ようやく路上に出る準備が整ったのである。



晴れの舞台はグッドウッド


そして、モチュールのパリ本社からグッドウッドに向かい、2019年に開催されたリバイバルのパドックで注目の1台となったのだ。「この種のヒストリックカーを熟知した熟練のエンジニアにしかできない、愛情のこもった仕事でした」と、モチュールの副社長であるヒュー・ダウディングは話す。



こうしてバガボンドは、スクラップのような状態から、より長い距離を走ることができる信頼性の高いトラックに生まれ変わったのだ。ただし、「70年前の標準」であった“快適性とスピード”に耐える覚悟がドライバーにあればの話だが…




翻訳:オクタン日本版編集部 Words: Jörn-M Müller-Neuhaus Images: Motul

翻訳:オクタン日本版編集部 Words: Jörn-M Müller-Neuhaus Images: Motul

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