「ジェームズ・ボンドのように」ロータス・エスプリをダンスさせながら

Photography:Justin Leighton



コルティナは、私がそれまでに訪れたどんなスキーリゾートとも異なっていた。たとえば、そこには誰かがスキーをしていることを示す標識は一切なく、ゲレンデにかかるリフトも目に入らなかった。その姿は、イタリアでときおり見かける愛らしい街並みにそっくりで、雄大な山々に囲まれ、谷と寄り添うようにして佇んでいた。そして地平線から太陽が昇り始める頃には、あたりは絵に描いたような美しいだいだい色に染まっていくのだった。

私たちのホテルは町外れにあって、ファサードに続く道はごく短いワインディングロードのように思えた。ここが巨大なホテルであることを、このときまで私はまったく知らなかった。客室の数は優に数百はあり、建物の背後にはもうひとつ似たような規模の施設が建っていた。ただし、エントランスの近くに車を停めたときも、他のゲストはまったく見かけなかった。すぐにポーターが現れると愛想よく荷物を受け取り、ホテルのレセプションへと私たちを案内した。

 

この夜、私たちと同じホテルに宿泊した客は本当にわずかな数だったに違いない。おかげでスキーシーズンのまっただ中だったにもかかわらず、ホテルのスタッフは誰もが例外的に親切で丁寧だった。私たちの部屋は、何kmも続くかのような長く豪華な装飾の廊下を歩いたその先にあった。控えめにいって、この施設が本格的に手入れされたことは過去何十年もなかったように思えたが、私たちは勇気を振り絞り、その夜、ホテルのバーを訪れることにした。

店内にはほとんど誰もいなかった。ひと組のカップルが遠く離れた席に陣取っていたほか、別の隅では、フラヴィオ・ブリアトーレを思い起こさせる銀髪の紳士が静かにグランドピアノを奏でていた。彼が弾くメロディーは、おそらくこのホテルが完成した当時に流行ったものだろう。このときドライマティーニ(「ステアではなくシェイクで」)の代わりにビールを注文した自分に、私は軽く腹を立てることになった。

目の覚めるような朝焼けだった。私たちは長い廊下を歩いた先にあるレストランで朝食を摂ると、308号室(コルティナ滞在中にボンドが泊まった部屋)を手早く見学した。なにしろ、今日はいくつもの撮影現場を訪れ、自分の車が映画に登場したロータス・エスプリに見劣りしないことを確認する予定なのだ。

編集翻訳:大谷達也 Transcreation:Tatsuya OTANI Words:Harry Metcalfe Photography:Justin Leighton

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