数奇な運命を辿ってきた貴重な一台│ムッソリーニの元を離れてから

Photography:Ashley Border



現時点でまだ不明な点もある。新車で納車されたとき、オプションのスーパーチャージャーを搭載していたのかどうかだ。搭載すれば出力が約30%高まり、最高速は80mphから90mph近くに向上した。たいていのSSには搭載されたが、"センツァ・コンプレッソーレ"(コンプレッサーなし)も選択できた。ジョン・デ・ボーアの勘では、このSSは後者だ。車両登録証に最初の登録日と共に記された6万リラという金額は、スーパーチャージャー搭載車にしては少々安く、駆動系のスペックも低すぎるように思われるとデ・ボーアは説明している。

ソーンリー・ケラムにはオリジナルのスーパーチャージャー・ケーシングがあり、新しい内部パーツを収めてレストアの一環として搭載することも可能だという。たしかに"ブロワー"を装着すれば迫力は増すだろう。しかし著者の経験からいえば、1750の個性にとって不可欠な要素ではない。その魅力はなんといってもハンドリングにあるからだ。

私は2014 年末に『Octane 』の取材でスイスを訪れ、1931年アルファロメオ1750グランスポルトに試乗した。スーペルスポルトのすぐあとのモデルで、スーパーチャージャーを標準で搭載するが、他の変更はごくわずかだ。私は苦労の末にギアチェンジをマスターした。「コツは、シフトアップの際にレバーを素早く力強く動かすことだ。ぐずぐずしていてはいけない」と書いている。これ以降はアルファをもう少しハードに走らせながら、チューリッヒ郊外の曲がりくねった渓谷を抜けていった。

「するとたちまち、この車が生まれながらの公道レーサーである理由が分かった。速度が高いか低いかは関係ない。ステアリングは軽く、常にシャープで、不安に思うほどダイレクトなときもある。直線では、いささか落ち着きに欠けるほどだ。しかしその分、腕や肩にほとんど負担をかけずに、ヘアピンを力強く立ち上がることができる。果てしなく続くミッレミリアの峠道では、まさに天の恵みだったに違いない」

スーパーチャージャー搭載の如何にかかわらず、レストアが完成すれば、元ムッソリーニの1750SSには極上のドライビング体験が約束されている。サイモン・ソーンリーは完成までに2、3年かかると見ており、できる限り正確に仕上げるには、まだ多くのパーツを探し出す必要がある。

そういえば、パリのレトロモビル期間中に開催されたボナムスのオークションに、1931年のラリー、ラディオ・アウト・ラドゥーノの参加者に与えられた記念の盾のオリジナルが出品されていた。落札はされなかったが、この車の数奇な運命を象徴する最高のアクセサリーになるだろう。

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo.)  Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation:Megumi KINOSHITA Words:Mark Dixon 

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