世紀の対決、再び「頂上決戦 アストンマーティンvsブガッティ」

Photography:Max Earey

1世紀近く前、ヒルクライムの栄誉を賭けてアストンマーティン・クローバーリーフとブレシア・ブガッティが戦った。同じ舞台で2台が再びまみえる。

「頂上決戦 アストンマーティンvsブガッティ」究極のハイパーカー対決にぴったりの見出しだ。アストンマーティン・ヴァルキリーとブガッティ・シロンが一騎打ちをしたら面白いだろうが…、それはのちの機会に譲ろう。この2メーカーが角突き合わせたのは(スーパーカー雑誌の決まり文句はこのくらいにしておく)、95年前のことだ。戦いの舞台はアストン・クリントンでのヒルクライム。創業者のライオネル・マーティンは、この地名を社名に加えたのである。
 
今、私たちはまさにその場所に立っている。しかも、ハーツ・オートモビル&エアロクラブが主催した1924年のヒルクライムで2位フィニッシュを飾ったアストンが一緒だ。前に2席、後ろに1席のシートアレンジからクローバーリーフと名付けられたモデルである。ライオネル・マーティンのドライブで優勝した1台は10年もたたずに姿を消したが、1923年に新車で購入したノエル・ビアドセルが準優勝を果たしたクローバーリーフは健在で、今は東屋の下で小雨をしのいでいる。現存する量産(少数ではあるが)ストリート・アストンマーティンとしては2番目に古い。


 
95年前にここで開催されたヒルクライムでは、2台のブレシア・ブガッティがアストンに僅差で迫り、3位と4位でフィニッシュした。そこで、クローバーリーフのアストンヒルへの帰還にふさわしい舞台を整えた。今回はストップウォッチではなく主観的に、好敵手ブガッティと比較するのだ。今回アストンマーティンと対決するブガッティは初期のヒストリーこそ不明だが、1920年製で、かつてと同じタイプ13である。最初の対戦ではアストンが"ホーム"で勝利を収めたが、果たして今日も同じ結果となるのだろうか。
 
クローバーリーフはアストンマーティンの草創期のモデルである。マーティンが、エンジニアでパートナーのロバート・バムフォードと共に会社を設立してから数年後だった。バムフォードは1920年に会社を去ったが、ロンドン西部ケンジントンのアビンドンロードにあった会社はそれ以降もバムフォード&マーティンとして知られ、マーティンは資金が尽きる1925年まで留まった。クローバーリーフは、コヴェントリー・シンプレックス製の1486ccサイドバルブ式エンジンを搭載する。創業者二人が1920年に造った最初のアストンマーティンとほぼ同じ仕様だ。

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo. )  Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.)  原文翻訳:木下 恵 Translation:Megumi KINOSHITA Words:John Simister Photography:Max Earey

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