うっとりする時代の雰囲気│写真が持つ色褪せない価値

COURTSESY OF JARROTTS

1960年のトゥール・ド・フランスを写したこの写真。見れば見るほど、うっとりするではないか。
 
主役は中央のフェラーリ250GT SWBだが、画面を独占してはいない。優勝したウィリー・メレスとコ・ドライバーのジョルジュ・ベルジェ、そして妻と一緒にいるジョー・シュレッサーなどのドライバーが写っている。それからバルコニーに寄りかかっている女性にも気づくだろう。他にも当惑している女性と建物や看板、晴れた日の涼しい日陰の様子を捉えている。
 
アメリカの写真家アンセル・アダムスは言った。「写真は撮るのではない。作るのだ」と。エドワード・イヴスは、それを実行したのだ。この写真がアート会社「ジャロッツ」で常に売れている作品であることも良く分かる。「このイベントをよく物語っている」と語るのはジャロッツのオーナー、マーティン・ジョーダンだ。

「車好きの夫を、その妻をも喜ばせるオーラが、この写真にはある。これは飾ればまず間違いなく売れる」素晴らしいモータースポーツ写真の収集は、ジャロッツや他の抜け目のないギャラリーのおかげでどんどん増えている。生前のエドワード"テッド"イヴスは、1950年代~80年代の『Autocar』や『Autocourse』といったモノクロ中心の定期刊行物ではあまり評価されていなかった。しかしイヴスは初期のカラーフィルムで素晴らしい仕事をしていた。古い雑誌が黄ばんでしまうとテッドは気前よく自分の作品を売ったが、1999年に没後、彼の作品がやっと評価されるようになった。「ジャロッツを買収した際、アーカイブに3800枚あり、50枚ほどがイヴスのものだった」とジョーダン。「それまで、ルイ・クレマンタスキーが50年代のレース写真家の第一人者と考えていた。だが、イヴスのほうが創造的でいい目を持っていると思うようになった」。
 
写真の収集に決まりがあるわけではない。時間と忍耐と知識があれば、プロ・アマどちらの作品もたっぷりある。しかし、どんなアーカイブも平凡なものを多く含む。アンセル・アダムスが「1年に12枚、素晴らしい写真が撮れればいいほうだ」と言ったように。ジャロッツの金庫室には、5万枚以上のネガとカラースライドがある。マーティン・ジョーダンは言う。「素晴らしい写真が3割、出版物に使えそうなのが3割で、あとは歴史の記録として面白いものだ」。
 
ジョーダンの顧客の1人は倉庫を改築し、広い壁に額装写真を600枚も飾っているが、たいていスペースは限られる、数枚でも額装すれば見る分には十分楽しめる。紫外線防止加工のガラスを使えば80年は保つ。ジャロッツのモノクロプリントは、伝統的なゼラチンシルバー方式を使い手作業で行われ、リタッチも最小限だ。ジェフ・ゴダードのような有名な人物の作品を選べばすぐに価値が上がる。ゴダードのものは、250ポンドから500ポンドへと2倍になった。
 
将来人気が出そうなもう1つの分野がシバクロームだ。デジタル写真に負けて、スライドから精細な美しいシバクロームのプリントを作るラボが閉鎖したとき、シバクロームの時代は一旦終わった。そういうことが起こった2012年末、額装したシバクロームは一夜にして200ポンドも跳ね上がったのだ。
 
マーティン・ジョーダンは、集めたシバクロームをヴィンテージ・ワインに譬えている。「デジタルの複製なんて価値ないね」と言う。「〝寝かせる〞ためにさ、他のコレクターからシバクロームを買っているんだ」
 
テーマについては個人の好み次第だが、現代の写真には古いものにあった個性がないようだ。ジョーダンはその理由をこう指摘する。「大きな望遠レンズで撮るせいで、たいてい車と舗装の一部だけしか写らない。ということはどこで撮ってもいいわけだ。ベストと呼べる1950~60年代の写真には、同じくらい背景も写っている。走って行くフェラーリやマセラティだけでなく、モナコの古い駅やニュルブルクリンクの城、観衆の表情も含まれている。1970年代でも今から見れば危険な時代に見える。個性と魅力とセックスアピールに満ちている。人が求めるのは遊び心だ。たとえばジェームス・ハントのポートレートなら、パドックでマルボロのジャケットを着てタバコとビールジョッキを手に、たぶんコースに出る直前のモノクロ写真、そういうものだよ…」

編集翻訳:高平高輝 Transcreation:Koki TAKAHIRA Words:GILES CHAPMAN PHOTO:COURTSESY OF JARROTTS

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