それぞれの個性が輝く4台のポルシェ356

Photography: Paul Harmer


 
次に登場するのが、ワインレッドの356カレラ2 GTだ。この356こそ、ジャイアントキラーというあだ名がよく似合う。1963年製造、T-6 356Bのボディシェルを持つこの素晴らしいポルシェこそ、ファクトリーロードレーサーである。ボンネットとドア、リアのエンジンカバーはアルミ製。最小限のバンパーを付け、サイドとリアはアクリルガラスで、内装は外され、ロールフープとポルシェ設計の溝の入ったディスクブレーキを備える。引き締まったこのカレラの車重は、わずか849kg。公道走行も可能で、先述のプレAレーサーよりさらに軽い。
 
これは驚異的なことだ。なぜなら、リアカバーの下に積んでいるのは、技術的に進歩し、大きくはるかに重くなった2リッター4カムエンジンだ。当初は純粋にレースのためにエルンスト・フールマンが設計したもので、生産数は310台のみ。この車は工場で製造された右ハンドル14台のうちの1台である。従って、価値も35万ポンド以上だ。このGT仕様のカレラは、スポーツマフラーを装備すれば出力170bhpを誇るというから、最高速度も期待できるはずだ。


 
初レースの1961年タルガ・フローリオでは、1台のカレラがもう少しで優勝、もう1台は2位に入った。写真のカレラは、スパ1000kmも含むレース歴のあるワークスカーだ。現在は、熱心なオーナーによってヒストリックラリーやイベントに出走しているという。だが、カレラは非常にレアで貴重なため、実はプッシュロッド・エンジンを積んだポルシェ356とはまったくの別物である。ポルシェ好きの間では、4カムのカレラエンジンは、もろくて予測不可能な手榴弾と考えられている。いつ何時爆発するかもわからないと言われている。
 
だが、「必ずしもそうではない」とプリルは言う。「確かに点火タイミングを調整するのには時間がかかる。でも一旦きちんとセッティングすれば、ちゃんと動いてくれるはずだ。点検のたびにバルブをチェックさえすればね。たぶんまだ相場が安かった頃、きちんとメインテナンスされずに悪い評判が広まってしまったようだ」
 
だが、エンジン単体で5万~9万ポンドもするのだから、どんなに裕福なオーナーでもオリジナルはベンチに温存して、FIA以外のイベントには予備のエンジンで走るのが賢明だと考えるだろう。

カレラのオーナーは4カムの繊細さを気にし過ぎると公言するプリルだが、普段の走行でも使える代用エンジンも開発している。2リッターのツインプラグ・プッシュロッド356ユニットがそれだ。
 
それを聞くと「無茶苦茶じゃないか」と思われるかもしれないが、そんなことはない。ポルシェ社でさえも、クラブレーサーや非富裕層のために、スピードスターや1600GTなど、プッシュロッドエンジンのカレラをいくつも供給してきたのだ。純粋主義者は気に入らないかもしれないが、オーナーは、時にラフに扱えるエンジンを求めるものだし、プリルが提供する150bhpのツインプラグスペシャルがわずか1万6000ポンドなら、手頃な保険とも言える。
 
いよいよカレラを走らせる時が来た。傷ひとつないがボディは一見すると地味だ。お世辞にもレーシングカーにはまったく見えない。
 
ただ、ボンネットの真ん中から無造作に飛び出した給油口が大きなヒントではある。美しい鍛造ホイールにむき出しの耳付きナットの組み合わせもそうだ。バケットシートは、部分的にコーデュロイを使っており、ぴったりとフィットする。現代ではウッドステアリングはレーシングカーには不似合いに思えるが、オリジナルの904にも付いていた。点火コイルのスイッチが2つとも引いてあることを確認して、エンジンを掛ける。クランク半回転で勢いよく回り始め、忙しいアイドリング状態がやがて落ち着く。スロットルレスポンスは最高で、ギアシフトの連携もきびきびしている。カレラは豊かなトルクで動き出す。このエンジンは、ローエンドトルクが求められるラリー向けのセットアップなのだ。
 
スロットルを開け続けて1速をキープしていると、やがて356が発進する。急いで2速にシフトアップするが、すぐに回転が上がりきってしまうので3速へ。そしてすぐにトップへと上げていく。パワフルなエンジンだが、シャシーはやすやすと応じている。このカレラは普通の356とは別次元の乗り物だ。ロードラリー仕様なので、サスペンションはプレAレーサーより軟らかいが、公道ではカレラのほうが圧倒的に速い。それはこの逞しいエンジンゆえだ。わずか3000rpmで100bhp、そしてほんの5500rpm超で最高出力150bhpに達する。これほどローエンドでもうなるのだから、この小さな車はスロットルに即座に反応してくれる。
 
356のエンジンはみな騒々しいし、内装材をはがしたレーサー仕様は余計にそうだが、この粗野で騒々しいエンジンは、3000rpmを超えた途端に本気を出し始める。セブリング製のオープンなエグゾーストが歌い始め、エンジンが多くの空気を吸い込んで、超速へと近づいていく音が聞こえてくる。4000rpmを超えるとさらに大きく力強いサウンドに。そして5000rpmに達すると、それはまるで夢の世界だ!
 
グリップのしっかりとしたエイボン製タイヤを履いているカレラは、コーナーを攻めてもプレAレーサー以上に安定してしなやかに走り抜ける。しかもより大きなパワーとトルクがあり、さらに言えば、よく効くディスクブレーキと公道セッティングのサスペンションを備えているから、競えばすぐに引き離してしまうことだろう。
 
いかにも素晴らしい356らしく、このカレラGTはハードな感触だ。ガタガタするものはなく、車が一体となっている感覚しかない。サスペンションはそもそもしなやかだが、この車のデザインには柔らかさなど微塵もない。ポルシェの執念は、グローブボックスにカバーさえ付けなかったことにも表れている。
 
このカレラGTはオリジナルの貴重な4カムエンジンを大事に仕舞い込んでいるが、普段使いの2リッター・ツインプラグエンジンは、十分に出来が良い。そのおかげ限界までブン回すことができ、気兼ねなく思い切り走り込むことができる。

編集翻訳:堀江 史朗 Transcreation: Shiro HORIE 原文翻訳:木下 恵 Translation: Megumi KINOSHITA Words: Robert Coucher 

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