見た目に難あり?一風変わったフェラーリのモデル│ビーチカーまでも

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えもいわれぬ美しさで定評のあるフェラーリだが、例外も存在する。なかでも強烈な例をいくつか紹介しよう。



ドローゴ250 GT"ブレッドバン"
その姿から"ブレッドバン"(パン屋のバン)と呼ばれるこのフェラーリは、モデナのカロッツェリア、ネリ&ボナチーニがわずか14日間で製作した。依頼主はジョヴァンニ・ヴォルピ・ディ・ミズラータ伯爵だ。ベースとなったのは、1961年パリ1000kmレースでクラス優勝した250 GT SWB。1962年5月にサーキットデビューを果たし、今もヒストリックレースで活躍している。



パンサー・フェルバーFF
この車は、フェラーリであってフェラーリでない。その正体はパンサー・ウェストウィンズだ。330 GTCをベースに造られた125のレプリカで、スイスのディーラー、ヴィリー・フェルバーが依頼した。1974年ジュネーヴ・モーターショーで跳ね馬のロゴを付けて発表され、この見た目にもかかわらず、1万3500ポンドで7台が製造された。



ベルトーネ・レインボー
1976年のトリノ・ショーで発表されたレインボー。308GT4のプラットフォームを100mm 短縮してベースにしている。太い鉛筆と三角定規で書き上げたようなスタイルがマルチェロ・ガンディーニのトレードマークとはいえ、これは少々行きすぎだ。アメリカのとある高級百貨店がレプリカを10万ドルで発売したが、申し込みはゼロだった。



330 GT 2+2"ナヴァッロ・スペシャル"
1966年330 GT 2+ 2として生を受けたが、イタリアでナイトクラブを経営する第2のオーナー、ノルベルト・ナヴァッロの意向で、風変わりなワンオフに生まれ変わった。デザインは“ブレッドバン”と同じピエロ・ドローゴ。ルーフからテールまで続くフィンが特徴で、ウェッジシェイプならぬノコギリシェイプといったところだ。



ヴィニャーレ"ステーションワゴン"
1965年330 GT 2+2をベースに、ルイジ・"ココ"・キネッティの発案でボブ・ピークがデザインし、1968年のトリノ・ショーで発表された。キネッティは2011年にこう回想している。「あの車ではひどく叩かれたよ。2+2は売れなかったんだ。ヴィニャーレにはボディ製造で4000ドル取られた。結局1万2000ドルで売ったよ。いったい誰が間抜けなんだか…」



フェルバー・フェラーリ365GTC/4"ビーチカー"
ビーチカーといえばフィアット500ジョリーが有名だが、これは1972年365 GTC/4をベースにしたビーチカーだ。1976年にジュネーヴ・モーターショーで発表され、その後、ドアとルーフを付けてエステートワゴンにコンバートされたが、再び元の姿に戻された。信じられないことに、2012年には280万ユーロの高値が付いた。



F2012 F1
スクーデリア・フェラーリは、このマシンで2012年F1選手権を戦った。段差の付いたノーズコーンのせいで、まるでレゴブロックでできているように見える。しかし、不細工な見た目に反して、F2012はシーズン3勝を挙げた。どうやら、勝てるマシンは美しいという通説は、常に成り立つわけではないらしい。



ズラトコ・エアロダイナミックライン・コスモポリット
308 GTBをベースにしたこの車をデザインしたのは、クロアチアのズラトコ・ヴクシッチだ。1994年のボローニャ・モーターショーで発表され、最高速は400km/hを超えると謳われた。この速度は、高い崖と重力の力を借りて達成したのではないだろうか。そう考えれば、少なくともこの"スタイリング"の説明はつく。



アバルト・フェラーリ166 MM/53
見た目に難はあるが、優れた性能を誇るフェラーリ・スペシャルはいくつも存在する。これもその1台。ヴィニャーレ・ボディの166MMを元に、ジュリオ・ムジテッリの依頼でアバルトが製造したワンオフだ。ドナーに対して275kgもの減量を成し遂げたといわれている。1953年のタルガ・フローリオに出走し、21位でフィニッシュした。

編集翻訳:伊東 和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation: Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation: Megumi KINOSHITA Words: Richard Heseltine

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