フェラーリ250GTOより貴重なアストンマーティン│ボンネットの下の秘密

Photography:Gus Gregory

ノッチバックのDB2/4フィクストヘッドクーペというだけで充分にめずらしいのに、このアストンマーティンはさらにユニークだ。その理由はボンネットの下に隠されている。

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なんとなく後ろめたいその秘密を別にしても、このアストンマーティンはきわめてめずらしい車である。1950年代の他のアストンがありふれているというわけではないが、DB2/4MkⅡのフィクストヘッドクーペは、より一般的なサルーン、ということはすなわちハッチバック、あるいはコンバーティブルの2/4に比べれば、まるで馬の群れの中のユニコーンのような生き物だ。なにしろMkⅡFhcは全部でわずか34台しか造られていない。あのフェラーリ250GTOよりも少ないのである。

しかしながら、この車が真にユニークである理由は他にある。「私はこれまであらゆる手を尽くして調べてみた。できる限り多くの関係者と話し、すべての書籍に目を通したが、同じような車は見つけられなかった」と語るのは、エド・バートン‐ヒルトンだ。彼は現在このアストンマーティンをショールームに並べているニコラス・ミー&カンパニーのセールス・マネジャーだ。私はこのDB2/4を見てすぐに外観に大きな手掛かりがあることに気づいたが、秘密そのものは中身にある。
 
バートン‐ ヒルトンがこれまで行ってきた手順はおおむね同じ。まずボンネットを開けて輝くエンジンをアストン・エンスージアストに見せつけ、もしどこかオリジナルではない部分を見つけることができたら教えてくれと訊ねるというものだ。彼らは目を皿のようにしてクリップやケーブル、ブラケットからボルトに至るまであらゆる部分を矯めつ眇めつするが、結局はなにも見つけられずため息をつく。そう、これは間違いなく1950年代のツインカム6気筒エンジンだ。だが、その時代の車に精通している人ほど欺かれやすいトリックがある。ごく小さなパーツに至るまで真正のアストンマーティン・ユニットではあるが、"正しくないアストンマーティンのエンジンが" ボンネットの下に積まれているのである。
 
その事実を明らかにすると、皆一斉にエンジンに目を向けるという。これはWO ベントレーの手を借りてウィリー・ワトソンがラゴンダ用に設計した3リッターエンジンではない。戦争中に開発されたそのエンジンはMk Ⅲが1959 年に生産中止されるまですべてのアストンDB モデルに採用されていたものだ。だが、実は目に前にあるDB2/4Fhcのエンジンは、タデック・マレックがその後継機として開発し、DB4 からDBS に至る各アストンマーティンに搭載されていたパワーユニットなのである。
 


どのような経緯でエンジンが積み替えられたかは、率直に言って謎である。それなりの説明は付けられていたものの、私が判断する限り補強証拠に欠ける。それゆえ、但し書きをはっきり書かなければ、その説を認めるのに自信を持てないのだ。というのも、私はこれまでに似たような例を何度も経験している。ある意見や未確認の事実、そして楽観的な推測などはこのような雑誌の誌面に載ると、それに端を発して事実として伝わっていくものなのだ。車の歴史は程度の差こそあれ、そうやって造られていくことがある。
 
そういう注意事項を明記したうえで話を進めよう。この車はシーグリーンとディープ・キャリッジグリーンの2トーンカラーに塗られて、1956年にフランス人オーナーに届けられたものだという。しかしその後に致命的なエンジントラブルで工場に、しかも一度ではなく二度も戻されている。二度目のブローの後、DB4のエンジンに換装され、現在までそのままの状態だという話は、なるほど筋が通っている。さらに顧客向けのDB4のものとは違うエンジンナンバーが打たれているという事実を知れば、なおさらその見方を取り入れたくなるだろう。

この車のエンジンには「PP」、おそらく「プリプロダクション・エンジン」を意味する文字が刻まれている。それは、現在は「ミュール」と呼ばれる新型エンジンの開発車両としてアストンマーティン本体が保有していたことの裏付けとも考えられるのである。
 
もしその通りだとしたら、この車には歴史的に大きな意義があり、そして車そのものの価値も上がるということになる。しかしながら、最大の問題は当時の書類がなにも残っていないことである。それどころか、アストンマーティン・オーナーズクラブ・レジスターにその訝しい前半生の情報が載った1987年まで、公にはされていなかったのだ。やはり疑わしい?おそらくそうではないと思う。アストンマーティンはそれほど熱心な記録編集者ではないし、1950年代の各車の記録もすべてが残っているわけでもない。確実なことは分からないというのが正直なところだ。
 
驚くべきは本来の設計ではないエンジンルームに、3.7リッター6気筒がきわめて自然に収まっていることだ。異なるエンジンを収めるためになにらかの改造があったとしても、専門家ではない私の眼には見つけられない。南米には巨大なシボレーV8に積み替えられた50年代のスポーツカーが数多く生き残っているが、それとは違ってDB2/4は生まれつきこの高度なヨーロッパ製DOHCエンジンを搭載していたように見える。ひとつだけ気になる点は、スロットルリンケージがカムカバーをまたぐように取り付けられていることだが、これはおそらく左ハンドル仕様のせいだろう。

編集翻訳:高平高輝 Transcreation:Koki TAKAHIRA Words:Andrew Frankel 

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