自動車の歴史の中で最も尊敬に値するエンジン│ポルシェフラットシックス

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ポルシェを象徴するエンジンは同時に、自動車の歴史の中でもっとも尊敬に値するエンジンである。これは発売からの足跡をまとめたものである。

紙の上ではこんなに素晴らしいアイデアは他にないように見える水平対向6気筒エンジン。大出力や重心が低いことに加えて、全高が低いことによる搭載の容易性も"フラットシックス" のメリットに挙げられる。しかし不思議なのは、こんなにも可能性を秘めたエンジンを載せている車が世界でも数えるほどしかないことだ。現在では2つのメーカーがその優れた素質を自分のものとしている。ヨーロッパではあまりなじみがないかもしれない日本のスバルと、もちろんポルシェである。
 
ポルシェのフラットシックスは、この型式を語るのにもっとも適したエンジンである。シリンダーの基本配列を除けば現在のエンジンとオリジナルとの間に共通点はまったくないのだが、フラットシックスが1963年の発売から現在に至るまで911を支えてきた心臓部であることに変わりはない。しかし911はフラットシックスを積む最初のポルシェかというと、そうでもなさそうだ。これはあくまで説だが、ジェネラル・モータースがシボレー・コルヴェアを開発するために特別に作られたポルシェ356を購入したという話がある。その真偽はともかく、空冷フラットシックスを搭載して発売したのはコルヴェアのほうが911より早かったのは確かである。ちなみにその356にはコルヴェアの試作エンジンをテストするために空冷フラットシックスが積まれたのだという。
 
不確実な話はこれくらいにして、ポルシェは自身のエンジンを356の後継車に積むべく開発を進めた。その車は356より速く、4人が乗れるより大きなボディであることが求められた。最初の設計ではまだビートルのエンジンに共通する箇所がいくつかあった。最初の試作エンジン、タイプ745ではクランクシャフトから見て片方のバンクでは上、もう一方では下になる位置にカムシャフトを置き、そこから1本のプッシュロッドがロッカーアームを介して2本のバルブを作動する方式を採っていた。しかし、フェリー・ポルシェの印象はよくなかった。理由はカムシャフトを1本ずつにして各シリンダーヘッドに収めるべきと考えたからだ。
 
それゆえ745の開発は中断され、最初からオーバーヘッドカムシャフトとする821に設計の主体は移された。レオポルド・シュミットがプロジェクトにあたったが、のちにリーダーとなるハンス・メッツガーはこのときまだ若造であった。タイプ821は潤滑をウェットサンプとしていたが、開発チームに参加していたもうひとりの若いエンジニアはドライサンプにするべきと強く主張した。彼の名はフェルディナント・ピエヒ。主張の理由は2つあった。ひとつは重心高を低くできること、もうひとつはモータースポーツにも使えるから、というものであった。
 
ピエヒの言葉は重いものがあった。フェリー・ポルシェの甥であるピエヒは、のちにフォルクスワーゲン・グループの会長にまでのぼり詰めるが、このときすでに名誉職の地位にあった。このことは会社の運命を左右するほど、彼がポルシェ全体に影響を及ぼす力をすでに持っていたことを意味している。グループそのものが、偉大な叔父が戦前に考案したビートルの設計に端を発しているからなのだが。
 
ドライサンプとなって外観が変わったエンジンはタイプ901へと発展。そのエンジン専用にデザインされた車の名称もエンジン型式名と同じとすることが決まった。このきれいな数字の並びを車名にしてポルシェは新たな出発を告知したかったのだが、この数字を冠した車が市場に出ることはなかった。有名な話なので先刻ご承知と思うが、プジョーが3つの数字の真ん中をゼロとする形式名の商標をすでにとっていたからである。そこで901は911となって発売されたわけだが、当のプジョーから901という名のクルマが登場した事実はいまだかつてない。ちなみにエンジン型式名は901のままとされた。
 
カムシャフト駆動に関していえば、ポルシェはすでにあるオーバーヘッドカムシャフトの設計をそのまま取り入れることはしたくなかった。356カレラやレーシングモデルに使われた古い水平対向4気筒エンジンのために開発されたそれは、中間軸に配したベベルギアが4本のカムシャフトを駆動していた。組み立て時にもメインテナンスの際にも膨大な手間がかかる代物だったからだ。そこでタイプ901エンジンには、似てはいるものの、異なったシステムが採用された。カムシャフトはシリンダー当たり1本とし、駆動はチェーン、そしてバルブは対面するロッカーアームで作動するという内容だ。このカムシャフトの駆動システムは少々不安定で、911発売の何年かあとまで故障が続いたが、年々減少していった。

編集翻訳:尾澤英彦 Transcreation:Hidehiko OZAWA Words:John Simister

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