小さな小屋でスタートした?│ポルシェの波乱万丈な歴史

archives: Porsche AG


 
もう911だけではない。SUVやサルーンも本格スポーツカーと同様に今日のポルシェにとって重要な位置を占める。そして今、ハイブリッドのスーパーカーも登場した。
 
もし、ヴェンデリン・ヴィーデキングがポルシェを改革していなければ、おそらく現在ポルシェは存在していない。彼は破滅が確実だった会社を救い、世界で最も利益率の高い自動車メーカーに変えた。その見返りに、自身はドイツの大企業家のなかで一番の高給取りになった。
 
ツッフェンハウゼンの重役会議室には、嵐の吹き荒れる時期がたびたびあった。ポルシェは今も、本質的にはファミリービジネスだ。だが、1993年にヴィーデキングがCEOに指名された時にはすでに、その前任をエルンスト・フールマン(356カレラのエンジンをデザイン)、ピーター・シュッツ、アルノ・ボーン、ハインツ・ブラニツキーが務めていた。ポルシェ一族は1972年に監査役会を設立して、一族以外の重役が取締役会に任命される際の監督役に退いていたからだ。複雑な仕組みだが、このあと会社の所有権をめぐって、さらに複雑な事態が起きる。
 
創業者フェルディナンド・ポルシェがフォルクスワーゲン・ビートルをデザインして以来、フォルクスワーゲンとポルシェには連綿と続く関係があった。

この関係を強固なものにすべく、ヴィーデキングの指示によって、2005年以来、会社の規模では遙かに小さいポルシェが、フォルクスワーゲン・グループの株式を徐々に買い進めていった。だが、襲ってきたリーマンショックに端を発する経済危機によって2009年前半にポルシェの資産は縮小、負債で身動きが取れなくなり、最後の出資比率に当たるVW株を購入することができなくなった。逆に、利益がうなぎ上りだったVWには、どんなポルシェの支持者も出し抜ける力があった。その後もさらに重役会議室の配置換えは続き、2012年7月の再編契約によって、フォルクスワーゲンはポルシェの完全な所有権を手に入れた。この失策によって、ヴィーデキングは社長を解任された。(8600万ポンドの退職金は慰めになったかもしれないが)。
 
非常に皮肉なことに、1993年から2002年までVWグループを率いていたのはフェルディナンド・ピエヒだった。ピエヒはその後ポルシェの監査役会に移り、ヴィーデキングを退任させた。ピエヒはフェルディナンド・ポルシェの孫であり、オリジナルの911やレーシングカー917の設計に携わり、その後アウディに移って、クワトロを開発した人物だ。
 
だが、ヴィーデキングの経営戦略がポルシェに莫大な利益をもたらしたのは、まぎれもない事実だ。40歳でCEOに就任した当時、ポルシェの年間生産台数は1万4000台、企業価値は5億ポンドだったが、彼が会社を去ったときには、それが10万台、300億ポンドになっていた。ただし、負債も100億ポンドに達していた。
 
ヴィーデキングの会社運営には賛否両論があった。1990年代初め、ポルシェのモデルレンジは時代に取り残されていた。空冷式の911と大きな928、そして968であった。968に至っては、1970年代初めにアウディから委託されたデザインがルーツだった。ヴィーデキングは大胆な計画を立てた。
 
プラットフォームほかコンポーネンツを共有する2種のニューモデルを投入して資金を稼ぎ、それで911の後継モデルとポルシェの名に恥じない弟分を作り出すというものだ。928は1995年に生産を中止。1997年にボクスターが、1998年に911の新世代996が水冷式の
フラット6で登場した。これには変化を嫌うファンから異端だという声があがった。
 
しかしヴィーデキングが生み出した次のドル箱は、さらなる物議を醸す。2002年に発売した高級SUVのポルシェ・カイエンだ。シャ
シーはVWのトゥアレグからの流用で、SUVの投入に伝統を重んじるファンは嘆いた。だが、ヴィーデキングがいつも弁明していたように、カイエンがポルシェの金庫を潤していなければ、911を開発する資金は底をついていただろう。かくして911の開発は進み、さらにボクスターも進化して、ケイマンが誕生した。
 
ポルシェが2009年にパナメーラでラグジュアリーサルーン市場に参入した際には、眉をひそめる者もいた。さらにカイエンより小型の
マカンが登場した。生粋のエンスージアストには、2013年に発表されたハイブリッドの918スパイダーが慰めになっただろう。そしてもちろん、2012年には新型911の991シリーズも登場している。そこには、50年を経てもなお、脈々と続く伝統が宿っている。

編集翻訳:伊東 和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation:Megumi KINOSHITA Words:Ben Field

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