史上初めてモータースポーツに参加したポルシェ911に試乗

Photography:Andy Morgan

911の中でも、繊細さや純粋性、ドライビングの醍醐味において、1969年以前のモデルにかなうものはない。モンテカルロ・ラリーに出場した歴史的1台でそれを証明しよう。この車を人間に例えれば、タイムマシンに乗って過去にさかのぼり、親友の子ども時代に出会ったような感じとでも言おうか。

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ポルシェ911のことならよく知っている。何故ならこれほど長い間たっぷりと語られてきたのだから。そう思われている人が多いだろう。だが、この1台は多くの人が経験してきたポルシェとは異なる。空冷式911と言えばビッグバンパーのSCやカレラといった、ホイールアーチの大きな男性的イメージを持っている人には、写真の1台は、スレンダーでしなやかな大人になる一歩手前の姿と映るかもしれない。

ポルシェ911は人間と同じように、体格も複雑さも時とともに成長してきた。ここに紹介するのは、現存する中でも最も初期型の911だ。この車は、1965年1月にモンテカルロ・ラリーに参戦し、史上初めてモータースポーツに参加した911となった。



ワールドクラスのラリーカーはここ30年で競技用に複雑化され、巨大なパワーを誇るようになっているが、この911は驚いてしまうほど標準仕様のままである。それが総合5位フィニッシュを果たしたというのだからさらに驚く。クルーは、のちにポルシェのワークスチームを率いたペーター・ファルクと、開発担当エンジニア兼レーシングドライバーのヘルベルト・リンゲだ。リンゲはヴァイザッハ研究開発センターで設立当初からのメンバーだ。

当時ボディカラーは赤だったが、その後のレストアで深みのあるグレーに変わった。きっとこの車が持つ歴史的価値を知らなかったのだろう。だが、なかなかいい仕上がりだからやり直すのも惜しい。もしかしたら、今この911を所有しているポルシェミュージアムがいつかまた赤に戻す日が来るかもしれないが。

インテリアは赤で、これは当時から変わっていない。ダッシュボードの配置は基本的に最後のモデルである993まで踏襲されたものだが、左右に横切るウッドパネルを意外に思う人もいるだろう。その上は5個のメーターが並ぶおなじみのレイアウトだ。ただ、内側にクロームのリングがあり、少し凝っている。もうひとつ見慣れないのがシートだ。911と言えば、サポート力が抜群で背の高い、いかにもスポーツカーといったバケットタイプを思い浮かべるだろうが、この車のシートはビニールに覆われた背の低いフラットなもので、ヘッドレストもない。ダッシュボードとエンジンカバーには筆記体で911と入っているが、このデザインは最新の991で復活した。歴史がひと回りしたということだろうか。

最初期の911には、どこか古いヨーロッパの香りがあり、イギリス人から見るとやや異国情緒を感じる。今と違って、工業製品にもその国の個性があり、グローバリゼーションという言葉もなかった時代だ。当時イギリスの市場を
占めていたのはイギリス車で、その電気系統は主にルーカス社のものだったから、ヘラーやボッシュの電気系装備や、黒いプラスチックのノブがついた独特の形状をしたシフトレバー、バンパー中央に入った黒いゴムのラインなど
を見ると、英国人はいかにも"大陸" のものだと感じたものだ。

ポルシェだけでなく、フォルクスワーゲンやメルセデスベンツでも、見慣れた装備がどこかひと味違っていた。特にポルシェは、ひと皮むけたフォルクスワーゲンとして、その丸みを帯びた形や飾り気のないシルエットに、なにか一層異質な印象を受けた。ホーングリルひとつとってもそうだ。ラジエターグリルのいらない空冷式のリアエンジン車であることを誇示しているかのようだし、しかもビートルや356と違って、方向指示器と一体となってデザイン上のアクセントとなっているところが、911は慣例にとらわれない車だと主張しているように思えた。

今の目で最初期の911を見ると、実にシンプルだ。ドアシルには無骨なカバーなどなく、曲げた断面を薄いゴムで覆い、バンパーとマッチしたメタルストリップがあるだけ。ホイールアーチの縁も最小限だ。これが変わったのは1969年モデルで、リム幅が5.5インチから6インチに広がり、フックス製ホイールになって、ほんの少しフレアがついた。最初期の911を見て、最高に純粋な形だと感じる人もいるだろうし、わずか4.5インチ幅の細いスチール製ホイールを履いた姿に、サイドが妙に平坦でひ弱な印象を持つ人もいるだろう。1964年の911を964ターボと比べたら、本当にベースが同じなのかといぶかりたくなるが、大きくくくれば確かに同じ車種なのである。

編集翻訳:堀江 史朗 Transcreation:Shiro HORIE 原文翻訳:木下 恵 Translation:Megumi KINOSHITA Words:John Simister 

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