グランドキャニオンをメルセデス・ベンツ 300SL ガルウィングで旅する

Photography:Patrick Ernzen



もうひとつ、ガルウィング神話の真相を明かそう。一部にはキャビン内の温度を懸念する向きもあるが、ベリーパン(整流板)を取り付けたドンのクーペは、終日をとおしてきわめて快適だった。ダッシュボードの通気孔からは、涼しい微風が安定して吹き出す。また、クオーター・ウインドウを回転させて全開にすれば、嵐のような強風を吹き込ませることもできる。

ベリーパンとは、きわめて大切な役割を担うアンダートレイのことだ。ぴったりとはめ込み、密封状態にして熱を遮断させることで、メルセデスのエンジニアが設計した通りの正確な場所に空気が導かれるようになる。これを設置していないガルウィングは、エンジン・コンパートメントや排気システムから熱が漏れるために、車内の温度が上昇してしまう。

また、サスペンションの柔軟性にも驚かされた。ドンによれ
ば、「同世代に生産されたどの高速車と比べても、ガルウィングほど長距離を快適に運転できる車はない」という。表面がなめらかな直線道路では、両輪の間隔が広いことも安定感につながっている。

では、私たちのドライブは波乱もなく、平穏無事に済んだのだろうか。残念ながら、答えは「ノー」だ。普段はまったく心配のないエンジンも、時速100mphまで速度を上げ、ときにはその速度をしばらく保ったりしていると、リヒトマンが好んだローギアード仕様のディファレンシャルに過剰な負荷が掛かってしまう。長い登坂道も、新しい車には問題ないのかもしれないが、長い休眠から出てきたばかりの63歳の車にはそうもいかなかった。全4日間にわたるラリーの3日目に入ると、エンジンへの過剰な負担から、回転数が上昇するにつれて、油圧が低下していることにドンとアンドリューが気づいた。最終的に彼らは、勇気ある慎重さのもとに名誉の撤退を選んだ。

しかしこの撤退のおかげで、特定ブランドや特定モデルを対象とした専用ラリーの素晴らしさを知ることもできた。メカニカル面でのバックアップは見事だった。場合によっては、メルセデス・ベンツ本社や、メルセデス・ベンツ・クラシックセンターからのスポンサーシップやサポートもある。経験豊富なメカニックたちは、クラシックセンターのネイト・ランダーやアンダース・ハンセン、独立系のロバート・ウェブスターやビル・クライネスらといった顔ぶれだ。必要なパーツは翌日便で取り寄せられ、受け取り地点にアクセスするためにバンも用意されている。彼らはそのバンとともにラリー参加車のすべて、そして途中辞退した私たちの車に、最後まで対応してくれた。



こうした結果ではあったが、私たちはそれでも、まるで眠って起きたらヘルマン・ラング、ジョン・フィッチ、ルイス・ハミルトンといった本職のドライバーに生まれ変わっていたかのような感覚を味わうことができた。なにしろ、あらゆるリソースが私たちのコマンドのもとに整えられていたのだ。ラリーのクロージング・ディナーでは、ドンとアンドリューが「努力賞」を授与された。メカニック達の選出による、「あまりやる気のない300SLの、やる気あふれるオーナー」を称える賞だという。

この記事の執筆を進めている間に、リヒトマンの300SLはレア・ドライブ・カンパニーに戻り、疲労したエンジンはその健闘にふさわしいリビルドを施されている。そしてドン・ローズは、早くもガルウィングと出かける次の冒険を計画しているという。準備が整い次第に、30万km走破のバッジを目指すのだろう。この車に伝わるレガシーに、そして、豊かなパフォーマンスを活かすという彼自身の誓いに、真摯であるために。

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo. ) Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:フルパッケージ Translation:Full Package Words:Donald Osborne

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