市販車と同じ装備でル・マン24時間を走り抜けたアストンマーティンとは?

Photography:Jamie Lipman



筆者は2008年のル・マン優勝車をポール・リカールでプライベートで試乗した時、DBR9のマジックを確かめることができた。格言めいた言い方だが、「レーシングカーはきちんとして見えれば、実際にきちんとしている」。そういうものだ。息をのむほど美しい外観はセクシーですらある。だがロールケージをくぐって低くリア寄りに配置されたシートに体をねじ込み、郵便受けのような横長のウィンドウスクリーンを見つめ、獰猛なV12がけたたましく目覚めたら、そんな陶酔感は吹っ飛ぶ。

現代の感覚からすると、DBR9はオールドスタイルに映る。トランスミッションのトンネルから巨大なシーケンシャル・ギアレバーが突き出し、手前に引くとシフトアップ、奥に押し込むとシフトダウン。今日のV8ヴァンテージGTEにはステアリングホイールにパドルシフトが備わっているのに、だ。同様に3段階のトラクション・コントロールも、最近のアストンマーティン車の細かなアジャスタブル・システムに比べたら、ベーシックなものといえる。

車重1100kgで600hpを発揮するエンジンをもつDBR9は、同年式の市販モデルより2倍も優れたパワー・ウェイト・レシオを誇る。並みのテクニックでは、この車が本来もっているパフォーマンスを簡単には引き出せない。V12のチェーンソーのような唸りは予想以上で、操作に対する反応がとにかく速い。さらに想像を絶するのは、巨大なウィングやリアディフューザーが作り出す、路面に吸いつくようなダウンフォースのおかげで、DBR9は2.4Gから3.0Gもの横向きの慣性重量を生み出すことだ。実感するには見えない空力に身を任せる勇気があれば、の話だが。



GT1カテゴリーはもはや存在せず、GTEとGT3にとって代わった今日では、DBR9は恐竜になってしまった。だが、DBR9がラップを重ね、雷鳴のようなイエローとブラックのコルベットと激しく打ち合う姿を目撃した人々にとっては、記憶に残る最高の名車になったに違いない。史上もっとも偉大なレースのひとつと呼べるGTの闘いに立ち会えたこと、何よりアストンマーティンというブランドにふさわしいレーシングカーがリアルに走っている姿を、その目で見
たのだから。

編集翻訳:南陽一浩 Transcreation : Kazuhiro NANYO  Words : Richard Meaden 

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