1971年のF1を象徴するマシン│マーチ711を解き明かす

Photography: John Colley and Jeff Bloxham

1971年、マーチ711はロニー・ピーターソンとともに光り輝いていた。マーク・ヘイルズは今改めてそのマシーンに乗り、かつてその車を設計したデザイナーと、その能力を引き出したF1ドライバーにも話を聞いた。

現代のF1と戦後間もない頃に創設された初期のF1グランプリを比べてみれば、前者は恐ろしくハイテクだが、グリッドの一番前と一番後ろの車の違いはよほど詳しい人間でなければ見分けがつかない。もう一方は、非常にシンプルながらそれぞれに独自性があった。エンジンは各々の音色を轟かせ、マシンは固有のスタイルを持っていた。ふたつの時代の様子はまったくかけ離れており、まるで全然別の種類のスポーツのようだが、どちらも限られた人間だけに許されたものであることには変わりない。

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1950
年代、その中にいるには金持ちでなければならなかった。そして今は大きな企業をスポンサーに持っていなければならない。しかし、その両極端な時代の間に挟まれた期間、グリッドに並ぶマシンのほとんどが同じエンジンと同じギアボックスを備え、今から見れば取ってつけたようなウィングを生やしていた時代、ホイールはもっと幅広かったかもしれないが、すべてがまだ簡潔で分かりやすかった。そんな1970年代は、F1がもっとも親しみやすかった時代ではなかっただろうか。



マーチ711は、そのコクピットに収まった北欧の天才ドライバーの思い出として、また長楕円形のフロントウィングと鮮やかなSTPカラーも、あの時代を象徴するものだ。711のシャシータブは彼ら独自のものだったが、すぐに追随者が現れた。バルクヘッドにリベット留めされたアルミシートが、航空機の胴体のようなモノコックを形成していたのだ。そのモノコックに取り付けられたサスペンションはウィッシュボーンとリンクを使うきわめて一般的なもので、その頃から80年代半ばまでフォーミュラ・フォードなどに使われていたタイプだ。ブレーキやタイヤは他のマシーンと大差なく、そして何よりも重要なことは、ギアボックスとエンジンがそれぞれヒューランドとコスワースの倉庫から届いたものだということだった。見過ごされやすいが、コスワースユニットはマーチのような多くのコンストラクターの可能性を広げた。それこそ50年代とも現代とも決定的に違う点である。

もうひとつの特徴は、マーチは彼らのマシンを他のチームや裕福なアマチュアにまで、買える金を持つならば誰にでも売ったということだ。そのためには、たとえばとにかく独創性を追求したロータスとは違って、できるだけ扱いやすく、さらに様々なサイズの人間に適合するように設計する必要があった。実はこの点が、711を試すためにマロリー・パークに着いた時の私の心配事だった。だが現在のオーナーでヒストリックイベントにも熱心に参加しているマイク・リグレーは、ひと言でその不安を打ち消した。「これは普通人サイズだよ」実際彼は、概ねではあるが正しかった。

コクピットに体を滑り込ませ、足を伸ばすとちょうどいい所にペダルがある。しかし、モノコックの側面が肘に当たってステアリングホイールをきちんと回せない。色々と工夫してみたが上手くいかない。いったいロニーはどうやって運転していたのだろう? 



もっともそれを除けば他は完璧だった。スロ
ットルはトロンボーンのスライドのようにスムーズで、ブレーキペダルもしっかりと踏み応えがある。そしてギアシフトも…、いやここでも肘が邪魔をする。シフトミスしないよう注意することにしよう。ピットアウトする時は、ひどく重く鈍く感じられたステアリングは、スピードが上がるにつれて途端に息を吹き返した。何よりも背中のすぐ後ろにあるコスワースDFVは、かつてのF1ドライバーであるハウデン・ガンレイが言ったように、最も魅力的なもののひとつであることが分かる。もともとは市販車用エンジンを基にしていることなどまったく感じさせない、今なお素晴らしいエンジンである。それは滑らかに1500rpmでアイドリングするうえに、瞬時に反応して9000rpm以上まで吹け上がり、その間に少しもパワーの落ち込みを見せない。その素晴らしい咆哮が物語るように、6000rpmより上ではとりわけ生気に満ち溢れている。

いわば標準型であるはずのヒューランド・ギアボックスも同様に素晴らしい。腕と肘がつっかえるという問題にもかかわらず、斜めにシフトする際も軽く、申し分のない手応えをフィードバックしてくれるのだ。Hパターンのヒューランドは20年以上にわたって、ほぼすべてのスポーツカーやシングルシーターの標準装備品だった。現代のシーケンシャルタイプはよりクイックで、シフトミスを防ぐという点ではエンジンにもいいが、それでもこの重さを感じながらのシフトには密接に操縦しているという実感がある。

いくつか注意を要することがある。たとえばリアタイアはフロントよりもかなり張り出しているために、パドックを移動している時には容易に何かを引っ掛けてしまいそうになる。コクピットの両側にそれぞれ1m弱の余裕を見ておくべきだ。それから電気式の燃料ポンプのスイッチをオフにしてしまうと、機械式燃料ポンプの圧力が下がってエンジンが止まってしまう。

その他には、非常に短いストロークのシャープ
なクラッチのせいで簡単にエンジンがストールしてしまうということを除けば、ほとんど誰でもマーチ711を運転することができるだろう。もちろん、速く走ることはまた別の話である。何ラップか走るうちに、私のタイムは当時の標準の数秒落ちというレベルまで上がってきたが、ロニーのタイムとは当然雲泥の差だ。心配していた通りタイヤの温度がなかなか上がらず、ヘアピンでは何度かフロントをロックさせてしまった後、それ以上の"調査"を諦めることにした。

思うようにステアリングを早く正確に操作できない状態ではすでに限界に達していた。それでも、素晴らしいエンジンがタイトなヘアピンからマシンを爆発的に加速させ、その勢いが途切れることなくギアが見事につながっていくのを十分に味わうことができた。ひとつだけ付け加えると、ハウデンが1971年に気づいたように、ハイスピードではステアリングレスポンスがわずかに鈍くなるように感じた。最近になってガーニー・フラップを付け加えたというにもかかわらず、その点が今なおこのマーチ711の小さな弱点なのかもしれない。

編集翻訳:高平 高輝 Transcreation: Koki TAKAHIRA 

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