288GTOとF40をつなぐ「幻の架け橋」

Photography:Phil Ward

その姿を目の当たりにしたことがある者はひとにぎりに過ぎない。しかし、過激なスタイルを持つこのレーシングスポーツがなければ、名車"F40"も誕生しなかったかもしれないのだ。

数あるフェラーリの限定モデルのなかでもとりわけ希少性の高いモデル、それが288GTOエヴォルツィオーネである。豪華な装備を持つロードカー、288GTOからグループBレーサーを生み出すことを目標に開発されたのがこの"エヴォルツィオーネ" だが、実はそのベースとなった288GTO自体も、もともとはグループBレーサーのベースとなることを運命づけられていた。

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しかし、ポテンシャル面で不安があっ
たためにこの計画はキャンセル。これに代わって、当時ハイテク満載のグループBレーサーとして注目されていたポルシェ959の対抗馬となることが期待されていたのが288GTOエヴォルツィオーネだったが、残念ながら、われわれがその戦いの結末を知るチャンスは永遠に失われてしまった。

288GTOエヴォルツィオーネが活躍したとすれば、その舞台はラリーではなくサーキットレースだっただろうが、同じグループBレギュレーションを採用していた同時期のラリーカーが死亡事故を繰り返し引き起こしたため、グループBというレギュレーションそのものが消滅。これに伴って288GTOエヴォルツィオーネが脚光を浴びる機会も奪われることとなったのだ。もっとも、そこで得られたノウハウは、フェラーリのスーパースポーツカー史上、最高の傑作ともいわれるF40に受け継がれていった。



そのパフォーマンスは圧倒的だった。400bhpを生み出す288GTOのV8ツインターボ・エンジンも十分以上にパワフルだったが、このパワーユニットを大幅に改良した"エヴォルツィオーネ" は実に650bhpを発揮。そしてすさまじい迫力を放つボディはカーボンコンポジットで造られていた。この結果、車重はスタンダードのGTOよりはるかに軽い940kgに留まったほか、レーシングカーに準じた構造のため、わずか数秒でボディカウルを外すことができた。また、その凶暴ともいえるスタイリングが、モータースポーツで求められるエアロダイナミクスを意識してデザインされたものであることは言うまでもない。

ある専門家によれば、1985年から1988年までに間に合計6台の288GTOエヴォルツィオーネが生産されたが、最初の1台は288GTOプロトタイプをモディファイして製作されたという。さらに、レース参戦計画が正式に取りやめられるまでに、数台の新車が追加で製作されたとの情報もある。



288GTO用のエンジンをチューニングする作業は1983年に始まった。ここでバルブタイミングや燃料噴射システムが見直され、圧縮比を7.6から7.8へと変更。さらにブースト圧を0.8barから1.7barまで引き上げることで、排気量2885ccのV8エンジンは530bhpを生み出すまでになった。

次のステップでは、ブースト圧を1.7barに保ったままIHI製の水冷式大型ターボチャージャーを採用。くわえてインタークーラーを大型化することで、650bhpを絞り出すF114CKエンジンが完成した。



サスペンションにもレース用のチューニングが施されたが、基本的な形式に変更はない。シャシー面での最大の違いはサスペンション・アームの取り付けにブッシュではなくピローボールを用いたことだろう。

288GTOエヴォルツィオーネのプロジェクトがキャンセルされたとき、これを「飾り気のない」スパルタンなロードカーに仕立てる計画が立ち上げられた。これが後のF40で、エンジンやギアボックスのレイアウトは288GTOエヴォルツィオーネそのまま。エンジンは一般道での使い勝手を考慮して478bhpへとデチューンされた。さらにF40はボディが大きくなり、160kgの重量増により快適性の改善が図られた。もっとも、"エヴォルツィオーネ" が純粋なレーシングカーであるのに対し、F40はロードユースを主眼に置いたモデルであったことを考えれば、これは当然の措置というべきだ。



今回、試乗の舞台となったのはスパ-フランコルシャン。288GTOエヴォルツィオーネをテストするには絶好のサーキットだ。モータースポーツで栄冠を勝ち取るためだけに誕生した"エヴォルツィオーネ" には遮音材のたぐいが一切なく、ドアは驚くほど軽量で、しかも"頼りない"。なにしろキャビン側からドアを開くにはプラスティックで覆われたワイヤを引っ張らなければならず、パースペックス製のサイドウィンドウにはスライド・パネルで開け閉めできる小さな穴が開いているのみなのである。

しかし、いざ走り出してみれば、ステアリング・フィールは申し分なく、ブレーキ・ペダルにはタイヤが路面を捉える様子が余すところなく伝わってくるので、私はただちにペースを上げることができた。気がつけば、何の飾り気もないボディがなんともいえない安心感をもたらしてくれる。ただし、ギアボックスだけは動きが渋く、スムーズに操作するにはちょっとしたコツが必要だった。

もっとも、そうした細々としたことも、その圧倒的な動力性能を目の当たりにすれば、すべて忘れてしまうはず。いまも650bhpをフルに発揮できるV8エンジンにフルスロットルを与えると、エヴォルツィオーネは突如としてあふれ出るようなパワーを発揮し始める。そのいっぽうでシャシー性能も極めて高いので、高速コーナーでは安心して繊細なスロットルワークに専念することができるのだ。ただし、不注意にスロットルペダルを開ければ簡単にオーバーステアへと転ずる。サーキット走行では何よりもスロットルコントロールに意識を集中すべきなのである。

288GTOエヴォルツィオーネが生み出すパワーの奔流にひとたび翻弄されると、F50でさえ極めて洗練されたスーパースポーツカーに思えてくる。それにしても、F50に対して"洗練" という言葉を使うなど、私自身、想像もできなかったことと言わざるを得ない。


編集翻訳:大谷 達也 Transcreation:Tatsuya OTANI Words:Tony Dron 

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