「ブルーバード」のオマージュを作り上げた男|ネイピア航空機エンジンを搭載車のレストア・ストーリー

1927年ネイピア・ブルーバード・オマージュ(Photography:Tim Andrew)



ブルックランズに行ったならば
ブルーバードのドライバーズシートの前は車の状態を把握するのに必要な最小限のダイアルやスイッチがわかりやすい配置で並んでいた。ただ、ひとつだけ助手席の、ダッシュではなく床に設置された計器があった。油量計だ。エンジンのドライサンプにオイルを送るべきかどうかをパッセンジャーが判断しやすいように、あえてここに置いたのだ。元はといえば航空機の翼の下にあったエンジンだから、地上の整備士が読みやすい場所に付いていたものだが、ヤコブは上下逆にして車に装着したのだ。油量計はポンド法の表記で、いっぽうダッシュにある燃料計はインチ法だから混乱極まりない。たとえば16ガロンの燃料がタンクに残っている場合、ゲージをひと目見ただけで1ガロンがどれだけの量なのかをわからなければいけないし、それを元に暗算できなければならない。この大食いモンスターは1ガロンで1.5マイルしか走らないから、これはとても重要なことだ。

ブルックランズ・サーキットのバンクの下で細部の写真を撮り終えると、いよいよ動かすときが来た。ヤコブが「後ろに下がれ、でないと黒焦げになるよ」と注意を促してからスターターのボタンを押した。排気量24リッターの航空機用エンジンが炎を噴出するその様は、地球を動かそうかと言わんばかりの姿だった。私が言うことを理解していただけるだろうか。稼働している巨大な航空機エンジンに近づいてはいけないことはわかっている。でも近づかずにはいられない。それほどに心を揺さぶられる何かがこのエンジンにはある。

オイル、水が適温に達したので私も二つめの席に座る準備をする。インストラクションではこう教えている。まず両手でコクピットの両側をつかんで、片足は後ろのスプリングのシャックルに乗せ、もう一方はシートの上に置く。そして体を揺すりながらスカットルの下の空洞に潜り込ませる。その際、ひざ小僧をアルミのダッシュにぶつけないように。それから足首はギアボックスでケガをしないように。お尻が大きな男は無理かもしれない、と。ヤコブはコクピットの反対側から乗り込もうとしたが、もっと難しそうだった。でも大きなステアリングホイールをうまくかわして入り込んだ。

もう一度エンジンを暖め、1速にギアを入れると体が揺すられた。2速に入れアクセラレーターを蹴飛ばすとワオ!だ。1ダースの5.5インチ径ピストンが一斉に仕事を始め、いつでも700bhpを発揮できる態勢になっている。加速は耳がちぎれるかと思うほど衝撃的だった。残念ながらブルックランズのバンクを走行できる時間が残り少なくなってきたので、最後に面食らうような体験をさせてもらうことにした。助手席のダッシュには申し訳程度のハンドルが付いているのだが、それを掴んでハングオンしろというのだ。体を外に乗り出してブルックランズのバンクを走ると、これまで見たこともない角度の水平線が目の前に展開した。

ジョン・コブ・ネイピア・エンジンを積んだネイピア・レイルトンという車が現在、ブルックランズ・ミュージアムに展示されており、車を管理しているジョン・コブがときおり143mph(約230km/h)のスピードでバンクを走り抜けるイベントを開いては勇敢なドライバーに身震いと感嘆の体験を提供している。コブはその体験を"1階の窓から落ちないようにしてどれだけ遠くまで身を乗り出すことができるかを見るようなもの"と称している。われわれが走った低い速度でもコブが言わんとしていることは、体験してよくわかった。

ブルーバードで聖地巡礼

より平らでスムーズな地形を走れば、このブルーバードは現在のギアリングであっても簡単に120mphくらいのスピードで直線をぶっ飛ぶだろうとヤコブは言う。短くて太いエグゾーストからはものすごい咆哮を発しつつ、80mphの速度でもタイヤからはスモークが上がり続ける、そんな光景が目に浮かんだ。勇敢なドライバーを乗せたら、現在のギアリングでも理論的にはキャンベルが1929年に打ち立てた196mph(約315km/h)の記録に充分到達できるとも言う。ヤコブはブルーバードに二つの席を設けたにもかかわらず、パセンジャー用のウィンドスクリーンを設置しなかったのは困ったことである。これがないと単に強風をしのげないだけでなく、熱風や煙にも対処できず、さらには2.3フィート先を行く車から吐き出される燃料の燃え残りなどをまともにかぶってしまうからだ。指摘するとヤコブは、居心地のいいコクピットなんだから横でも大丈夫だと私を安心させてくれた。彼が人を思いやる人物であることを説明するひとつの証として、ロードゴーイング"ブルックランズ"エグゾースト・システムを最近作り上げたという事実を挙げておこう。これは騒音を低く抑えるだけでなく、後続車へのホットガスの影響も少なくするというものだ。

2014年、マルコム・キャンベルがペンダイン砂漠にて最初に世界記録を樹立してから90周年を迎えたその日、ヤコブは彼の地に向けて聖地巡礼を行なった。記録の更新こそならなかったが、キャンベルゆかりの地を海に沿って走るという長年の夢は、このとき叶えられたのである。

1927年ネイピア・ブルーバード・オマージュ
エンジン:2万3942cc 12気筒(4気筒×3バンク)
バンク当たりDOHC アマル製キャブレター
最高出力:700bhp 最大トルク:1800lb-ft(約248.4kgm)
トランスミッション:4段MT 後輪駆動
サスペンション(前):ビームアクスル、リーフスプリング、フリクションダンパー
サスペンション(後):固定軸、リーフスプリング、フリクションダンパー
ステアリング:ウォーム&ホイール
ブレーキ(前後とも):ドラム 重量:1500kg
動力性能・最高速度:196mph(約315km/h)理論値0-60mph(0-96km/h)
加速:6秒(3速での概算値)

編集翻訳:尾澤英彦 Transcreation:Hidehiko OZAWA Words:Delwyn Mallett Photography:Tim Andrew

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