「ブルーバード」のオマージュを作り上げた男|ネイピア航空機エンジンを搭載車のレストア・ストーリー

1927年ネイピア・ブルーバード・オマージュ(Photography:Tim Andrew)



苦労の末に喜びはやってくる
冬眠している間、ライオン・エンジンはラノリン漬けの状態だった。ラノリンとは羊などの動物の皮脂腺から分泌された蝋で、優れた防水性があり、潤滑油、錆止め剤にも使われる。ただし、長期間そのままにしておくと落とすのが困難という代物。ライオン・エンジンにはラノリンが大量に使われていた。ヤコブは「古いギアボックスの隅は糖蜜になっているんだよ」と言って見せてくれた。エンジンからそれを落とすには、何ガロンものシンナーとブラシ、ぼろきれを使って一生懸命やっても何週間かかるかわからないほど困難な作業だった。外側はきれいに落とせたとしても内部ではエンジンブロックがピストンを掴んで放さず。これを動かすにはもっと工夫が必要だった。電気ポンプを試したがまったく歯が立たず、次にヤコブはエンジンを3リッターの鍋に入れて煮ることにした。ブロックがチンチンに熱くなるまで100度の沸騰した湯で煮た。そのあとは100回使えるという消火器の出番だ。熱で少し緩んだブロックとピストンの隙間に氷結した二酸化炭素を思い切り噴射すれば簡単に取り出せるだろうと考えたのだ。結果は、成功だった。ピストンの温度が急速に下がったことでいとも簡単に抜け落ちた。頭いい!

リビルドを柔軟に考えるヤコブはアメリカ製の新しいピストンをいくつか持っていた。1個あたり1ポンド軽いというやつだ。新品のコンロッドもあった。ベアリングはすべて取り替え済みで、ビッグエンドにはホワイトメタルが、クランクにはローラーが仕込まれている。1本の通常のクランクに4気筒のバンクが3つ繋がるこの12気筒エンジンはカムシャフトが計6本ある。ヤコブはそのカムプロファイルに手を加えたほか、さらに圧縮比を5.8:1から8.5:1に上げる改造を施した。キャンベルの時代より1000rpm高い3200rpmでエンジンを回そうというのだ。

オリジナルのネイピアは中央のシリンダーのてっぺんに金属製のスペック表示板があるのだが、それによると最高出力は450〜500bhp。ヤコブの推測によればリビルドを終えたエンジンは700bhp近く行くのではないかという。この圧縮比を維持できるなら、どんな可燃性の液体でも使えそうだという。以前にエンジンを再組み立てし、シャシーに仮置きしたことがあった。となるとどうしても始動してみたくなるものだが、やってみたら予期せぬ事態が起きた。このとき巨大なキャブレターを付けていたのだが、それが悪かったのか、ヤコブがスロットルを全開にした途端、咳き込むような炎があらゆる方向に飛び出したのだ。それは恐ろしい光景で、こともあろうに壁に飾ってあったユニオンジャックまで炎の餌食となった。閉鎖した空間だったがゆえに、ヤコブがいうにはそのときの音といったらこの世の終わりのような叫び声に聞こえたという。不幸中の幸いだったのは、エンジンが轟音を発したとき、キャブレターの中にあった余分なものが数秒のうちに焼き尽くされ、おかげで適当に置かれていたハウジングはきっちりとあるべきところに収まったのだ。

妥協は許さない
こうして何とかエンジンは動くようになったが、今度はシャシーを作らないといけない。彼が作ろうとしている車にはネイピアの精神が宿っていることが肝腎で、それはエンジンパワーもそうだが、根本に1921年のネイピアのシャシーの何たるかを自分が習得していることはもっと重要だった。駆動用のパーツはさまざまなヴィンテージ・マシンから調達するが、それらはエンジンのトルクに充分対処できる強靱さを持っていることが必要だった。そういう基準からオースティン20のギアボックスを選んだが、テストしてみるとギアの歯がケースを破って飛び散り、もう少しでヤコブの足に穴を開けるところだった。次に試した1930年のベントレー"D"はトラブルフリーで合格だったのだが、ヤコブは首を縦に振らない。彼は中のギアを現代のスチールを使って0℃のもとで鍛造されたギアに換えた。室内に配置されたギアシフターは、ヤコブが作った箱型の頑丈なゲートを間に挟んでギアボックスの頂部にマウントされた。

リアアクスルやリアブレーキもベントレー・スピードシックスのオリジナルのものを使用した。フロントアクスルはドラージュから流用した。当時のレコードブレーカーでは異例の使い方だが、キャンベルのブルーバードにはちゃんとフロントブレーキが備わっており、ヤコブはミネルヴァのそれを装着した。しかも油圧式に改造したのだが、察するところ、そうすることでベントレーのブレーキをチョイスしたことにさらにアドバンテージがプラスされると思ったからであろう。ホイールはキャンベルの車が履いていた特製の35インチではなく、19インチを使用する。

ボディは別の小屋で製作した、ヤコブの手になる完全なお手製である。7つのパーツからなり、1時間かからずに取り外せるのが自慢だ。ネイピアのシャシーの長さはこの車のサイズそのものなのだが、オリジナルと比較するとスケールダウンされている。ヤコブは機械部品をすべて取り付けた状態でオリジナルの設計図や当時撮られた写真と照らし合わせを行なった。そしてシャシーに載せられた車体を背骨の部分から縦方向に割った断面図を作成。両者を比べて形状や厚さがうまく合っていることに満足した。そのあと数時間でアルミニウム板をハンマーで叩いて外皮を作り、そのあとイングリッシュ・ホイールという治具を使って最終的な形状に仕上げる。頭から尻尾まで覆う7枚のパネルは絶妙な複合曲面を描く見事なものだったが、もっとも工作が難しくて手間もかかったのがボンネットに44個の曲面ルーバーを作ることだった。各ルーバーの両端、すなわち88カ所はひとつひとつハンマーで成形しなければならないからだ。

排気量の大きなエンジンを充分に冷却するため、2枚のラジエターを備え、それを優美な形状のノーズで覆っている。冷却能力は低速でも余裕がありそうなので、条件さえ満たせば街中でも使えそうだ。実際、ヤコブはこれに乗って遠くのパブに行ったことがあるそうだ。

編集翻訳:尾澤英彦 Transcreation:Hidehiko OZAWA Words:Delwyn Mallett Photography:Tim Andrew

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