「ムカデ」と名付けられた8輪車|奇想天外な操作が求められるファニーカー

唯一無二のカスタムはファニーカー!?(Photography:Lyndon McNeil)



クックはこの8輪ウィリスを「普段使いしていた」というから驚く。ラスベガスからコロラドまでのロングドライブをし、気が向けばオフロード走行もしたそうだ。「8輪車ゆえに、岩登りが得意だった」とも。筆者は8輪ウィリスが普段保管されている「アイル・オブ・マン・ミュージアム」から撮影ポイントであるバッラフビーチ、およそ2マイルの道のりですら、車に慣れようと努力するのがやっとだった。「乗りこなせた」とはまるで言えない。そんな車をダレン・カニンガムが手に入れたのは2012年のことだった。

「アメリカの自動車ニュースサイトで"世界で最も可愛く最もカッコいいジープ、絶賛販売中"という記事で8輪ウィリスの存在を知りました。唯一無二の存在ですし、漫画から飛び出してきたような愛嬌ある姿は、皆に笑みをもたらします」と愛情たっぷりにカニンガムは語る。それだけではなく、8X8として実際に機能するコンパクトなパッケージングにも惚れ込んでいる。「アクスルをロックすることで4WD、6WD、そして8WDになり8輪操舵です。技術的にも優れていると思います」と付け加えた。

8輪ドライブを試す
8輪ウィリスに普通なことは何もない。まず旋回砲台を備えている車なんて、ほかにあるだろうか。ドアは付いているが、ほとんど無意味だ。サイドシルが高くて開口部が異様なまでに狭いのだ。まず足を車内に踏み入れ、屋根の縁を掴んでなんとか身体を捩じり込ませるしかない。人間工学に基づいた使いやすさは皆無と言っていい。助手席は運転席よりも後ろ寄りに設置され、座面も高い。メーター類はアフターマーケットの寄せ集め。リベットやネジに統一性のかけらもない。"機能に支障がなければOK"という大らかな雰囲気が随所に漂っている。それも愛おしいではないか。

初めて8輪ウィリスのエンジンをスタートさせる際の戸惑いぶりといったら、ユニークと呼ぶ以外に言葉が思い浮かばない。ステアリングコラム横にある赤いボタンを押すと、リアステアリング機構をロックするためのピンが動く。シート横のレバーを引っ張ってみると、シートは動かないが車体が揺れる。デフ・ロック機構が作動するのだ。しかもどのレバーがどのデフをロックするのか理解するまで、時間がかかる。唯一、普通だったのはATのシフトゲートくらいろう。トライ&エラーを繰り返すうちにようやくエンジンのスタートボタンを発見するといった具合だ。笑うしかない。

ドライバーズシートからの景色は8輪ウィリスの長さを忘れさせる。シートが窓に近いのに加えて、ボンネットが短いからだ。木製の模造ライフルが備え付けられていたり、スピードメーターは出るはずもない160mphまで表示されていたり、クラクションだと思ってホーンを鳴らすと、救急車のサイレンがこだましたりする。理解しようとしてはいけない、楽しまなければ。そう、8輪ウィリスを運転するときは、とにかく試してみるというチャレンジ精神が大切。いやっ、もっと言えば考えても上手くは操縦できない車なのだ。

海辺で撮影していたら、観光客が集まってきた。ウィリス自体の可愛らしさもあるだろうが、8輪車であることが人々の興味をそそる。なかには本物の軍用車だと思った人もいた。たしかに8輪あると戦車を彷彿とさせ、悪路走破性が高そうに見えるのも無理ない。じっくり観察されたうえに、時代背景からして、ライフルの種類が違うと指摘されたが、そもそも冗談みたいな存在なので反論せずに、にっこり笑って済ませた。ちなみに砂浜での走行はアスファルトよりも快適だった。優れた悪路走破性、というわけではなく障害物が少ないから真っすぐ走らずとも不安が少ないからだ。はっきり言って、8輪ウィリスを20mphで走らせることは、スーパースポーツカーを200mphで走らせることよりも難しい。しかし、純粋に「テイメント性」という尺度だけで考えれば、8輪ウィリスの右に出るものはいない。それほど楽しい車なのだ。

8輪ウィリスをキチンと走らせるには相当量の練習が必要だし、両手両足を同時に自在に動かせる運動神経の良さが求められる。そしてなによりも度胸が欠かせない。ついでに言えば、排ガス臭対策のガスマスク、痔防止のためのクッションがあってもいいだろう。8輪ウィリスの魅力は"不出来"なところすら、ポジティブな笑いへと昇華させる魔力があることだ。クックはカスタムの天才であったが、実は笑いの天才でもあったのかもしれない。乗る人は楽しさと怖さで笑ってしまい、見る人はほのぼのとした光景に笑う。しかし天国にいるクックが一番、笑っているように思えてならない。

1953年式ウィリス「ムカデ」(8輪車)
エンジン:5354cc、V型8気筒、リアエンジン、4バレル・ホリー製キャブレター×1基
最高出力:350bhp/6500rpm 最大トルク:360lb-ft/4000rpm
トランスミッション:前進2速AT、8WD、ロッキング・デフ
サスペンション(前/後):ダブルウィッシュボーン、コイルスプリング、
テレスコピックダンパー

ステアリング:ウォーム&セクター ブレーキ:ドラム式
車両重量:不明 パフォーマンス:怖すぎて計測不能…

編集翻訳:古賀貴司(自動車王国) Transcreation:Takashi KOGA (carkingdom) Words:Richard Heseltine Photography:Lyndon McNeil

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