ランチア珠玉のコンペティションカー3台の「別次元の走り」が伝える栄光の戦績

(右)1981年ランチア・モンテカルロ グループ5、(左)1983年 ランチア 037 グループB、(中)1988年ランチア・インテグラーレグループA(Photography:Mark Dixon)



この1台は、数ある037のなかでもベストなものといえる。おおまかにいうと、第1世代の037はシャシーナンバーの001から220まで。そしてエボIは301から320までで、エボIIは400から420までとされる。そしてジョンが所有する037はシャシーナンバー411、つまり最後期の1台で、初登録は1983年11月だ。

1984年6月、シャシーナンバー411の037(ナンバープレートはTO W7780)はマルク・アレンのドライブによりラリー・ニュージーランドで2位に入賞。翌年はときにTO W7780、ときにオリジナルのTO W67780のナンバープレートをつけてヨーロッパ・ラリー選手権に挑み、いくつかの栄冠を勝ち取った。しかし、1986年にはデルタS4が登場したため、シャシーナンバー411の037はワークスがサポートするプライベートチームの手に渡った。

1987年にはグループBが禁止され、037が出場できるのはイタリア国内のイベントのみとなった。それでもこの年は7つのラリーに出場。結果的にラリー・チァ・デ・プラートが参加した最後の大会となった。

その後、037はジュゼッペ・ゾンカに売却され、ほどなくチェコの伝説的なラリードライバーであるベッペ・ヴォルタの手に渡る。彼は2013年いっぱいまで所有すると、ジョンにこれを譲り渡した。「これより前にインテグラーレを手に入れていました。そして今度は037を買い取った。このマシンはチェコ国外のイベントに出場して、そのほとんどすべてで優勝した。レンタカーのような競技車として有名な存在でした」

「私にとって037はグループBそのものです。エンジンの圧縮比はものすごく高くて、始動させるには"ゴー・ゴー・ジュース"を与えなければいけません」

"ゴー・ゴー・ジュース"と呼ばれるひと吹きをインテークに与え、スターターを荒々しく回すと、エンジンはプスプスと音を立て始め、やがて轟然と目覚める。インテグラーレは活気に溢れた走りを見せるが、037はまったく別種の野獣だ。

そのベースとされたのはランチア・ベータ・モンテカルロだが、全体的なスタイリングや車体中央のモノコック部分を別にすれば、ロードカーから流用されたものはほとんどない。フロントとリアにはチューブラー式の専用サブフレームが取り付けられる(インテグラーレの構造も同様)。また、エンジンはモンテカルロと基本が同じ4気筒DOHCでミドシップされるが、モンテカルロのような横置きではなく縦置きとされている。この結果、エンジンの積み降ろしが容易になったほか、ホイールストロークの大きなサスペンションの取り付けが可能になった。

037というモデル名の由来はなにか?その開発を受け持ったのがアバルトで、彼らにとってこれが37番目のプロジェクトだったからだ。車の成り立ちもシンプル極まりない。極端に薄いドアはケブラー製で、インテリアはスパルタンそのもの。ダッシュボードは粗雑なシートメタルがむき出しのままで、計器類、フューズ、トリップメーターが乱雑に取り付けられている。エンジンのアイドリングは騒がしいうえにそこら中が振動し、そこにスーパーチャージャーのうなり音が加わる。スーパーチャージャー?そう、ランチアの天才的エンジニアとして知られるアウレリオ・ランプレーディは、ターボ・エンジンのタイムラグを嫌ってスーパーチャージャーを装着したのだ。

クラッチは重く、ギアシフトはストロークが短くていかにも機械的な動きを示す。1速に入れるには、ドグクラッチがはじき返そうとするのに逆らって押し込まなければならない。力を込めて操作するとゴツンといって1速に収まる。スロットルペダルを蹴飛ばすとエンジン回転数が急上昇した。まるで2ストローク・エンジンのような鋭さだが、そのサウンドのせいでモータークロスバイクそっくり。凶暴極まりないチェーンソウのよう、ともいえる。

クラッチをつなげると同時にエンジン回転数を上げたが、ストール。2回目はさらに強くスロットルペダルを踏み込むと、037は"離陸"した。すると、すべてのことが一時に起こり、世界が急に慌ただしくなった。レブカウンターはレッドゾーンに急接近、慌ててシフトアップをする。恐ろしいほどの勢いでコーナーが迫ってくる。操舵力が軽いステアリングは、路面のわずかな不整にも正確に反応してピクピクとした神経質な動きを見せる。カント?まずい、縁石が急接近している。白線?それに従うまでだ。いずれにせよ、とても自分がコントロールしているとはいえない。スロットルペダルを戻すと、エンジンはパンパンパン!という音を立て、またもや車がピクついた。

何度か走ったあとでトランスポーターのところに戻ると、ジョンのエンジニアが車のなかに潜り込んできてニコリと笑い、次の走行のためにブースト圧を上げていった。なんてこった!予想どおり、037は暴力的な勢いで加速し始めた。私はただステアリングにしがみついて無事を祈るしかなかった。インテグラーレだったらいつか乗りこなせそうな気がする。しかし、037の前ではそんなことは幻想に過ぎない。驚くべきモンスターだ。

037の時代が終わると、4輪駆動のS4がデビューし、グループB最後の2年間を戦った。もちろん、ジョンはS4も持っている。「排気量は1.7リッターだが、ターボとスーパーチャージャーの両方が与えられた"デス・マシン(死の車)"だよ。エンジンは8500rpmまで回る。こんなに危ない車を走らせたことはこれまでなかったくらいさ」

編集翻訳:大谷達也 Transcreation:Tatsuya OTANI Words:David Lillywhite Photography:Mark Dixon

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