ジャガー・ランドローバーが自ら自社の遺産をレストアする「クラシックワークスセンター」の全貌

コヴェントリーの絶頂期



この車が若干ながら例外的なのは、オリジナルの外装色は赤、すなわちカーマインレッドであり、現在はグレー、厳密に言えば当時のカタログにあるオープラセントガンメタルであること。ポールは、顧客に対して常に工場出荷時の塗色に戻すことを奨励しているが、もちろん決定権は顧客にあるし、この場合では顧客が希望するグレーカラーの良い状態のドナーを探し出す時間もなかったのだ。この車は、公式にはリボーンプログラムのEタイプ第一号ということになるが、実際の修復作業では3番目。最初は、シリーズIIIV12ロードスター、その次はパリのレトロモビルに出展されたシリーズ1のFHCであった。そして取材時には、さらにもう数台のEタイプが作業中であった。時期を見てEタイプ以外のモデルも扱う予定であり、実際には「思い出は車の価値またはレストレーションの費用より遥かに重要だ」と考えるオーナーの依頼で、すでにワンオーナーのXK8のフルレストレーションを行ってもいる。

「Eタイプについては、私たちは当然有利な立場にある。オリジナルの図面は工場内に保管されていて、個々のパーツを再生産する場合などには極めて重要になる。シリーズ1のレストア作業でのウェザーストリップがよい例だ。車の第一印象のひとつはドアだが、ドアオープナーのボタンを強く押す必要があったり、開く時に跳ね返すように開いたりしないか。もしそうならそれはウェザーストリップが硬すぎるか、形状が適切でないためドアが無理やり閉じられていることを示している。このような状態は風切り音と水の侵入に繋がる」

ここでポールは、"1960"の日付が付いたFHCのテールゲートのウェザーストリップのオリジナル図面のコピーを取り出した。「私は自分の経験から、Eタイプのテールゲートのガラスおよびクロームのトリムをアフターマーケットで流通しているウェザーストリップを使って入れ替えることが、いかに難しいかをよく知っている。その理由は、この図面が示している。アフターマーケットで流通している製品は左右対称だが、図面では非対称だ。これはヒンジが左側にあるからだが、図面があればシール材をオリジナル通りのスペックで作ることができる」

ボディシェルの真正性
しかしボディパネルのレストア作業では事情は若干異なってくる。ここでは設計者の理想主義より、現実的な現場の擦り合わせが必要となるからである。Eタイプのボディパネルは事実上いくつかのステージを通過してできあがったものなので、言うなれば設計図面の解釈のひとつであると言える。そこでJLRでは古い設計のパネルを新規に造るために、わざわざツールをリバースエンジニアリングしてオリジナルパネルを再現した。このためにJLRはラストフリーのFHCと、それに近いオープン2シーターをアメリカから入手し、スポット溶接をはがして徹底的に分解した。結果、そこには完全なオリジナルパネルのフルセットが照合基準用として用意されたことになった。ポールはこう語っている。

「もちろん良い状態の車を破壊したわけではない。たとえばFHCの方はV8エンジンを載せるために、すでに改造されていた車だった。バルクヘッドから後方のボディシェルのみが必要だったのだから、それで充分だったんだ。また、ここには当時のボンネットのプレス型がまだ残っている。ボンネットというのは事故によって必要になる頻度が高いので、使い続けていたのだ。スキャニング部門は、ドナーから36のキーパネルを識別した。この手法はスタイリング用の雄型からプロトタイプを製作する行程に似ている。対象パネルを三軸レーザースキャンし、それぞれから数十万におよぶデータポイントを収集する。データポイントは1枚のドアスキンでおそらく20万箇所になる。それをチームがコンピュータスクリーン上で共有するための、クラウドデータに起こす。その解像度は驚異的に高く、過去に誰かがトランクリッドを叩きつけた際の掌紋をはっきり識別できるほどだ。次にCAD-CAMエンジニアが、そのデータから非常に正確な外面を作り上げた。Eタイプ独特の端正なボディラインは極めて正確にコピーされている。微妙な抑揚を含みながら、ほとんどまっすぐリアエンドに向かい、ここだ、という絶妙な箇所で収束する。コンピュータモデリングはプレスツールの表面をCNCカットするためにも使われる。ボディパネルがプレスされる昔のフィルムを見たことがあるなら、かつてのプレスツールが工学技術の粋であったことが理解できるだろう。数万よりもずっと少ない数百枚程度のパネルを作る必要がある場合には新規にツールを作るよりこのほうがずっと効率が良い」

編集翻訳:小石原耕作 Transcreation:Kosaku KOISHIHARA Words:Mark Dixon

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