ボディのペイント剥離が物語る奇跡の発見|バイヨン・コレクション「マセラティA6G 2000」

1956年マセラティA6G 2000グランスポール・フルア(Photography:Dirk de Jager)



レストアすることと、しないこと
機構面に関しては、それでもまだやるべきことはある。まず必要なのはブラッシュアップだ。なにしろこの車はレースの世界に根源を発する、隅から隅までサラブレッドなのだから。1954年生まれのこのツインカム・エンジンは、A6GCSやA6GCMに由来するものなのである。もっともこのA6G 2000は生産モデルとして生を受けた車だが、中でも1954年から1956年までの2年間に製造されたうちの60台は、さまざまなコーチビルダーのボディをまとった特殊なモデルといえる。アレマーノやザガートなどがそうだが、もっともめずらしいのがフルアで、この車のようなベルリネッタはわずか4台しか存在しない。そんな稀有な車がこうして生き残っていること自体、奇跡というほかない。すべては車たちを守っていてくれた古城の納屋のおかげだが、宝石のようなマセラティが信じられないほどオリジナルの状態を保っていられたのもそのおかげだ。出品されたパリ・モーターショーでは、たったひとつだけオリジナルと異なる点が発見された。フロントグリルが本来あるべきものではなく、よりエレガントな形状のものが付いていたという点だ。数カ所でボディに留めてあった点からして1956年から59年のものと思われる。もしかしたら当初のものを壊してしまい、代替えのときに当時のオーナーがもっと見栄えのするものがあるのならそっちを、と言ったのかもしれない。たぶんそんなところだろう。

それよりも今日の目で見て奇妙に映るのは、アルミのボディのペイントの剥離がなぜこんなまだらなのか、なぜマセラティだけ覆いがかけられていなかったのかということだ。近づいてよく見てみると、ボンネット上にあるエナメル製のマセラティのバッジは変質しているし、フロントグリルのトライデント・エンブレムや、フロントフェンダーの横に貼られたコーチワークビルダーを表わすバッジにも腐食が見られる。"P Frua Torino"と鋳造された文字のうちで、FruaのFだけがひときわ変形した書体になってしまっている。また、マーシャルのヘッドライトを取り巻くクロームリングも色あせている。これらはファンからすれば残念なことだろう。だが、大切に保存することへの無頓着ぶりは、かえってオリジナルらしさを正直に伝えているということもできる。この車を見ていると心が洗われる気がしてくるのは私だけだろうか。

ピカピカに磨き上げられたコンクールコンディションの車は確かに素晴らしいものがあるが、歴史のしわをそのまま閉じ込めた車は重みを感じさせてくれる。まさに遺産というべきだろう。ロジェとジャックのバイロン親子がありのままの姿で遺したマセラティは、車をレストアするというのはどういうことなのか、私に問いかけてくるのである。

1956年マセラティA6G 2000グランスポール・フルア
エンジン:1985cc、直列6気筒DOHC、ウェバー40DCO3キャブレター×3基
最高出力:150bhp/6000rpm 最大トルク:123lb-ft(約17.3kgm)/5000rpm
トランスミッション:4段MT、後輪駆動 ステアリング:ラック&ピニオン
サスペンション(前):ウィッシュボーン、コイルスプリング、フードダンパー
サスペンション(後):リジッド式、1/4半楕円リーススプリング、フードダンパー
ブレーキ:ドラム 車重:1100kg(測定値) 性能:最高速、不明

編集翻訳:尾澤英彦 Transcreation:Hidehiko OZAWA Words:David Lillywhite Photography:Dirk de Jager

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