白紙から設計された特別なマシン│フェラーリF40

Photography: Michael Bailie and Charlie Magee

F40は私にとって特別な一台である。試乗した時間がとても長かったからだけでなく、その登場が実に衝撃的であり、この世のものとは思えない存在だったからだ。

そのときのイメージは現在もほとんど変わっていない。今でこそ500bhpを誇る車は主要なメーカーを含めてたくさん存在するが、1987年にはそうではなかった。しかも馬力あたり重量が2kgそこそこ、このようなロードカーはあり得なかった。しかし、F40はパフォーマンスが単に高いだけの車ではない。確かにターボチャージドエンジンは低回転時でも巨大なトルクを発揮し、低いギアのほとんどでホイールスピンを誘発させる。また、ハンドリング排気量はわずか2.9ℓやレスポンス、走っているときのスタイルそのものも素晴らしい。



白紙から設計されたF40はロードカーというよりもレーシングカーである。V8エンジンの排気量は2.9ℓと比較的小さくて軽量、それが車体中央近くに搭載されていて、重量配分も絶妙だ。前・後軸のウエイトバランスはパーセンテージだけ見ても十分ではない。重さの数値と中心点からの距離も同様に重要だからだ。重量物を中心近くに保てば、方向転換時の影響を小さく抑えられる。ミドシップの車で言えば、重量物が車全体を振り回してしまうことがなくなるということこそがメリットだ。

F40では、まず重量が嵩むコンポーネンツが低い位置に配置されている。その分、快適性についてはほとんど考慮されていない。電動シートやABSもなければ、パワーウィンドウすらない。辛うじてエアコンがあるだけだ。だが、コーリン・チャプマンが1954年に悟ったように、パフォーマンスカーの構想で最も重要なのは軽量であることだ。次に、どこでどの程度"ハッタリをきかせるか" である。

これだけ尖ったマシンだからこそ、F40には一層の興味がわいてくる。デビューした1987年当時のタイヤやブレーキは現在のものほど高性能ではないが、そのおかげ(?)でF40は、レーシングカーのDNAを持ち強大なパフォーマンスを誇りながら、使いやすさの点でロードカーらしいものに仕上がっている。このバランスこそがスポーツカーの真髄であり、当時も今も、誰もがこの車が胸躍らせる理由がそこにある。どんな状況にも対処してくれる電子制御の介入は一切ない。そのかわり、ドライバーがすべての決定に関わることができる。



さらに言えば、こうも考えられる。エンツォがラ フェラーリの祖だとするならば、F40のコンセプトはマクラーレンP1の祖ともいえる。フェラーリとしては気に入らないだろうが、構わない。ラ フェラーリは暴力的な自然吸気V12エンジンと大きなギアボックスをキャビン後方に、そのさらに後方にモーターを搭載する"メガマシン"。対してF40は、小型のV8を軽量ギアボックスとともに後方に低く搭載するコンパクトレーシング。P1はオープンデフで、油圧コントロールやリミテッドスリップクラッチはなく、さらにモーターはエンジンの後方ではなく、横に搭載されている。

しかし、今や両メーカーの最新モデルはどちらもシステムが大きな権限を持ち、日常的な使い勝手や安全性を保証している点は同じだ。それでいながら、どちらも総重量はたいして増えていない。P1もラ フェラーリも燃料とオイルを搭載して1400㎏前後である。F40の1100㎏に比べれば相当の増加だが、もちろん加わった装備の豊富さを考えれば実質的には相当の努力の賜物だ。



繰り返しになるがF40は紛れもなく時代の申し子であったが、今もなお素晴らしくエキサイティングな車だ。何故ならそれは、F40が生々しく、取っつきやすく、露骨で、完璧ではないからだ。もちろんP1もラ フェラーリの最新の2台も時代を象徴する点では同じだ。テクノロジーに支えられてはいるが、それは現在、求められているものに応えるためでもある。

いい例がある。私は過去にニック・メイソンのF40でスピンしたことがあるのだ。場所はシルバーストン・サーキット、確か昔のクラブコーナーだった。路面はウェットでギアポジションは4速だったが、エンジンの強大なパワーによってリアの両輪がホイールスピンをはじめ、カウンターステアを当てたが間に合わなかった。電子システムがないと、この時代のハイパフォーマンスカーがどんな挙動を示すか身をもって体験した。雨が降ったらF40はピットに入れるのが得策だ。

現代のレース用スーパーバイクはドライ路面であっても電子制御なしでは安全な走行は望めない。同様の理由で、今ではF40のような、スパルタンなロードカーを作って何百台も売れると期待することはおよそ無理な話だろう。でもだからこそ、このプリミティブなマシンは面白いのだ。


1987年フェラーリ F40
エンジン:2936cc、V型8気筒、DOHC、32バルブ、ウェーバー-マレリ製電子制御、
IHI製ターボチャージャー×2基 
最高出力:478bhp/7000rpm
最大トルク:58.8kgm/4000rpm 
変速機:前進5段MT+後退、後輪駆動 ステアリング:ラック・ピニオン
サスペンション(前後):ダブルウィッシュボーン、コイルスプリング、テレスコピック・ダンパー、アンチロールバー
ブレーキ:ベンチレーテッド・ディスク 
車両重量:1100kg
最高速度:323km/h 0-100km/h:3.7秒(公称)

編集翻訳:堀江 史朗 Transcreation: Shiro HORIE 原文翻訳:木下 恵 Translation: Megumi KINOSHITA Words: Mark Hales Photography: Michael Bailie and Charlie Magee

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