ジャガーDタイプ プロトタイプを駆って伝説のテストドライバーに会いに行く

Photography:Matthew Howell



カメラマンのマット・ハウエルと私は、今回のドライブの出発点としては最も相応しいと思われるコヴェントリーにあるジャガー・エンジニアリングセンターのウィリアム・ライオンズ像の前で落ち合った。サー・ウィリアムの優しい眼差しを受けながらうずくまるDタイプ、OVC501は行き交う社員たちの視線を吸い寄せていた。彼らの多くはこの車の重要性やその素晴らしさは知らないだろうが、マルコム・セイヤーのペンによる、官能的なボディラインは誰の目にも素晴らしいと映ったはずだ。その短く戦闘的なノーズのせいで、車はコンパクトでたくましく見える。どこから見ても隙のないレースマシンだ。

「いままでにDタイプを運転したことがあるかね」と、ジャガー・ヘリテージのテクニシャン、デイブがファミリーレストランのマネジャーのような笑顔で尋ねた。「最近は…、ないな…」と私は答えた。

「OK、クラッチはレース仕様だ。そしてもし不注意にスロットルを開けると、キャブからペトロールが溢れてエンジンがおシャカだ」と、薄いドライバーズドアを閉め、私が座棺に座ったような気分になる前に有益なアドバイスをくれた。今や自分がすべきことは、この人集りからさっさと抜け出し、21世紀のコヴェントリーの街に乗り出すことだけだ。前方へクランクしたギアレバーをちょっと揺らしてニュートラルへ入っていることを確認し、重いクラッチを踏み、スロットルをほんの1〜2インチ開けてガスをくれ、スターターボタンを押すとDタイプは間髪をいれず点火した。素晴らしいエグゾーストノートとともに回転計の針は驚いたように跳ね上がる。

クラッチはちょっと敏感だが、難しすぎることはない。慣れるには少々時間がかかるとデイブが注意してくれたので、失敗を避けるためにスロットルの踏み加減を調整しているが、これは回転を上げ続けてストレートシックスをうたわせる絶好の言い訳なんじゃないか。側出しのエグゾーストパイプはパリパリした荒い鼻息を出すが、思ったほど押し付けがましくはなく、街中の速度域では楽しげに唸りはするが、近隣に迷惑をかけるほどの音ではない。暴走族仕様のヴォクスホール・コルサあたりのほうがよっぽど煩いに違いない。




この車と仲良くなる段階というのは常に危険だ。これから時価10ミリオン英ポンドのアルミボディの芸術品を、街中の雑踏に滑り込ませようというのだから。幸いなことに、Dタイプはドライバーが身を乗り出せば、セクシーな左右のフロントフェンダーのふくらみに触れる(なでる、という方がより適切な言葉かもしれない)ことができると思うくらいにコンパクトだ。この車にはDタイプの特徴ともいえるリアフィンがまだない。あれは1954 年にル・マンのためにつけられたのだ。フィンのない後ろ姿ももちろん悪くない。

ドライバーが軽い車重がもたらすスムーズな挙動と正確なステアリングの真価を実感すると、信頼は一気に増す。このDタイプの乾燥重量は約870㎏にすぎず、 それは私の小さな初代ホンダ・インサイトより少し重いだけだ。ブレーキはパーフェクトだ。瞬時に確実に効くが、これはあくまで一般道での話だ。2014 年のル・マン・クラシックでアンディ・ウォーレスと組んでロングノーズのワークスDタイプをドライブしたリチャード・ミーディンのように、ミュルザンヌのシケインで140mph(225㎞ /h)からのブレーキングをする場合には意見が変わるかもしれない。

Dタイプのコクピットは剝きだしのアルミ素材のリベット留め構造だが、リチャードはそれがどんなに航空機的であるかを説明した。アルミ板を曲げただけのシート、実用一点張りの計器板、陰気な計器、艶消しの黒いペイントなど、まるで第二次大戦の戦闘機のようだが、それも当然かもしれない。なぜならXKC401は大戦終了後わずか9 年後につくられたマシンなのだ。

編集翻訳:小石原 耕作 Transcreation:Kosaku KOISHIHARA Words:Mark Dixon 

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