モータージャーナリストも興奮の1台│シンガー社が「Reimagined」したポルシェ911

1990 Porsche911(964)Reimagined by Singer(Photography:Mark Dixon)

大人はTPOに合せて感情のコントロールができるものだ。もちろん、私も普段ならそうできていると自負している。しかし、『Octane』副編集長、マーク・ディクソンと筆者がシンガー・ポルシェと対面した日は違った。正式名称はSinger Vehicle Design。ポルシェ911をベースにするクリエイター集団だ。今回取材したのはシンガー社にとって3台目となるタルガである。

ベース車両は1990年式ポルシェ964。水平対向6気筒エンジンは排気量を4リッターにまで拡大させ、6段MTを組み合わせて73カレラのような装いに仕上がっている。モデル名はルクセンブルク。ボディは明るいオレンジにペイントされ、ブルー基調のチェック柄インテリアを持つ。私たち取材陣は興奮を抑えることがままならず、呆けたような笑みを浮かべてしまった。

ミュージシャンが新たな息吹を吹き込む
シンガーを設立したのは、インディーズバンド「キャサリンホイール」のリードシンガーだった、ロブ・ディキンソンだ。そう、彼は『シンガー』であり、ヘビメタバンドのアイアン・メイデンのフロントマン、ブルース・ディキンソンの従兄弟なのだ。

シンガーが完璧な911を仕立てたいというコンセプトのもとに本格始動したのは2009年のことだった。以来、月間4台(今後は6台を目指す)、累計50台の車両を"レストア"してきた。シンガーの特徴はレストアを施しながら改造も加え、ベース車とはまったく異なる車を生み出していることだ。だからかシンガーは「シンガーが再想像したポルシェ911」と呼ばれることを望んでいるという。

シンガーがポルシェ964をベースとするのには、累計生産が約3万台という数の多さ、それ以前と比べると耐久性に秀れ、高品質であること、そしてコイルスプリング・サスペンションの改造のしやすさが挙げられる。また、トレーリングアーム式リアサスペンションがもたらす、911独特の乗り味も964をベースにしている理由のひとつである。そもそも964は格好が悪くなく、車としても充分に高性能だった。しかし、シンガーは単にレストアされた964ではない。

レカロ製のタイトなカーボンバケットシートに腰を降ろし、モモ製のプロトティーポを握りながらシートポジション、ドアミラーやリアビューミラーなどを調整する。まるで新車のようなクオリティだ。ペダル類を踏み込んでみながら、6段MTを操作してみる。数十秒後、考えが変わった。新車よりいい。

1速にシフトし、クラッチをゆっくりリリースしてアクセルペダルを踏み込む。ペダル操作は軽やかでスムーズ。964同様、長いリンケージを介して操作するMTではあるが、シフト操作は正確で滑らかだ。もうこの時点で、964を遥かに上回る好印象ぶりを発揮する。

背後で轟くエグゾーストノートは大き過ぎず、小さ過ぎない。空冷エンジン独特のサウンド、走りの気持ち良さからついついエンジンを余分に回してしまう。ペダル類のレイアウトやフロアからの距離は文句はなく、シフト操作も完璧だ。電動アシストなしでも軽いステアリングフィールは、けっして軽すぎることはない。ステアリングのダイレクト感は空冷911独特のものだ。あらゆるものの調和が取れていて、"恋に落ちてしまう"と記したくなるほどだ。褒めるばかりでバランス感ある試乗記にはなっていないかもしれない…。だが、しかたがない。それほど完成度が高いのだ。

もしかしたら、取材車両に奢られているウィーブ加工された革シートを気に入らない人がいるかもしれない。エアコンのスイッチがフェンダー・ストラトキャスターのエレキギターのスイッチを真似ていることに、笑みが浮かばない人がいるかもしれない。あえて備えた"ベッカー・メキシコ"のカーステレオを気に入らない人がいるかもしれない。だが、それはオーダーしなければ済むだけの話だ。否、そうしたシンガーの遊び心を楽しめない人は、シンガーを買わないと思う。

編集翻訳:古賀貴司(自動車王国) Transcreation:Takashi KOGA(carkingdom) Words:David Lillywhite Photography:Mark Dixon

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