メルセデス・ベンツ300SLガルウィング|あるオーナーが語る「夢のような名車」と歩んだ40年

1955年メルセデス・ベンツ300SL ガルウィング(Photography:James Lipman)



まず乗りにくく、降りるのはさらに難しい。年をとって体の柔軟性が衰えると、いっそう堪える。乗降を楽にすると採用された可倒式ステアリングはよく話題に上るが、実用性はそれほどでもない。ステアリングが倒れてスペースが増えるのは、フロントタイヤが正確にまっすぐ前を向いているときだけだ。

車内は最も快適な季節でも暑く、気温の高い日には耐えられないほどになる。サイドウィンドウは取り外せるが、トランクには収まらない。スペアタイヤと前述の燃料タンクでほとんど埋まっているからだ。たとえ窓を外しても、優れた空力性能のおかげで、車内を涼しい風が通り抜けることはない。

新車でも、燃料噴射ポンプに熱が伝わって燃料が気化するため、熱くなっているとエンジンが始動しにくい。私の車では、この問題が年々悪化していった。

バックミラーはダッシュボードに付いており、しかもステーが短いため、リアウィンドウからの眺めがきちんと映らない。リアシェルフに荷物をのせたら(述べたように他に置き場所はない)、後方の視界は皆無だ。また、低速ではステアリングが非常に重い。

イギリスで最初にガルウィングを所有したのは、F1チームを率いていたロブ・ウォーカーだった。1954年の大晦日に届いた車に対する印象を当時の『Motor Sport』誌から引用しよう。

「車を手に入れたばかりの頃は、コーナリングに少し手こずった。それどころか、ヒヤリとする瞬間が1、2回あった。突然、氷の上を走っているような感触になったのだ。⋯これをスターリング・モスに話すと、ハンドリングは非常にいいけれど、スウィングアクスルには少し慣れが必要だと言われた。今では私も何の問題も感じないし、頭をよぎることすらない」

私は、サー・スターリングはもちろん、ロブ・ウォーカーのような腕も持ち合わせていない。そのせいか、40年以上乗っていても、スピードに乗ってカーブに近づくといまだに不安を感じるし、間違いなく問題が"頭をよぎる"。

同じく『Motor Sport』誌に掲載された少しあとのロードテストの記事を見ると、編集長のビル・ボディがこうコメントしている。

「ブレーキは、重量2400ポンドの車を3桁のスピードからでも十分満足に停止させるが、利きは少々鈍く、利き始めると、サーボの効果が現れた途端にきつくかかる。したがって、滑りやすい路面では可能な限り強いブレーキングを避けるべきだ。ブレーキを強くかけ過ぎると、熱くなったライニングのにおいが車内に立ちこめ、蛇行に陥ることも多い」

これは私も証言できる。風が強く雨も降るある夜のこと、照明の少ないアウトバーンで恐ろしい経験をした。スピードに乗った状態で、思いがけず目の前の車線がふさがれており、別の車線に移らなければならなかったのだ。急ブレーキで車はガラガラヘビも顔負けの勢いでリアを激しく降り、コーンで進入禁止になったゾーンまで行ってようやく止まった。心臓は早鐘を打っていたが、幸い私も車も無事だった。

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation:Kazuhiko ITO(Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下恵 Translation:Megumi KINOSHITA Words:Delwyn Mallett 

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