マセラティのロードカーの頂点に君臨する傑作|マセラティ・メキシコ・フルア

1967年マセラティ・メキシコ・フルア(Photography: Dirk de Jager)



ついにメキシコ・フルアは、33年間所有していたオーナーの手元を離れることになった。きっかけは、私が偶然この車を見かけたことだった。私は、あるクライアントの依頼で、これとは別のマセラティを購入するためにこのオーナーを訪問していた。ターゲットは生産台数の少ないクアトロポルテII、シトロエンSMと同じV型6気筒エンジンを搭載したモデルだった。これは、かつてメキシコ・フルアと交換されたあの車である可能性が高い。

巨大な倉庫の中で、カバーの掛かった堂々たる形が私の目にとまった。なにかと尋ねると、オーナーは大喜びでカバーをはずし、数あるコレクションの中でもお気に入りの1台だと話した。それがメキシコ・フルアだった。私のクライアントはクアトロポルテIIを購入したが、このメキシコは価格帯が別次元なので手が出せなかった。そこで私はベルギーの顧客に話を持ちかけた。車は力強く走ったが、ドアシルには錆が見え、手を入れる必要があった。また、登録が既に切れていたので、オーナー宅の広い敷地内で試乗したのだが、冷や汗が出るようなパワースライドに度肝を抜かれた。

そこから粘り強く交渉を重ねた末に、ようやくメキシコ・フルアはトラックでベルギーへ運ばれることとなった。ボディのレストアを担当したのは、完璧主義のフィリップ・ヴィランだ。ドアシルは腐食し、ドアの底面も修復が必要だった。さらに、二重になったフロアの間にはシロアリが棲みついていた。最大の難問は、参考になる資料がまったくない状態でパネルを作り直さなければならないことだった。レストアの過程で何層にも重なったペイントも見付かり、ファクトリーの書類通り、オート・パリに届けられた際の美しいブルーが、オリジナルのペールグリーンの上に重なっていた。

機械的には素晴らしいコンディションだった。ブリュッセル近郊のオフィチーナがチューニング作業にあたったが、エンジン、ギアボックス、デファレンシャルともリビルドの必要はなかった。インテリアの保存状態もよく、染みが付いたリアシェルフのレザーを交換するだけで済んだ。

レストアされたメキシコ・フルアは、どこへ行っても高い評価を受けた。デビューは2014年9月のサロン・プリヴェで、その3日後にはシャンティイ・アート&エレガンスで並み居るマセラティの名車とともに展示された。トリノで開催されたマセラティ100周年記念のイベントでは、ベスト・イン・ショーに選ばれている。さらに、ベルギーのザウテ・コンクール・デ・レガンスでも賞を獲得。その3日後に、ブリュッセル郊外でこの車をドライブする機会を得た。

淡いグリーンの塗色は、車のスタイリングにも、モデナ生まれのグランツーリスモのエスプリにもよく似合っている。標準のメキシコより堂々たる雰囲気があるのは、クアトロポルテと似ているからだろう。ボルドーのインテリアは重厚感を醸し出し、クロームで刻まれた"P.FruaTorino"のレタリングも端正な印象だ。エンジンルームでさえスタイリッシュである。カムカバーは艶やかな黒色で、ボンネット裏には耐火キルティング加工されたマットが貼られている。オリジナルのスターバーストホイールも残っているが、今はファクトリーを離れる前の写真にあったようなボラーニ製ワイヤーホイールを履いている。

スタートは実に容易だった。ペダルは軽く、正確なZF製ギアボックスのシフトレバーとパワーステアリングのおかげで滑らかに進み始める。乗り心地も理想的で、快適でありながらロールは最低限だ。接地感が素晴らしく、反応も鋭いのは意外だった。これほど大きな車だから重く感じるだろうと思っていたのだ。しかし、車重は標準のメキシコより大幅に軽い1600kgに過ぎない。ステアリングの反応も標準型よりはるかにシャープだった。

V8、4.7リッターエンジンのトルクは強力で、同じマセラティで年代の新しいカムシンと比べても、勝るとも劣らない加速を見せる。強く踏み込むと、低いエンジン音は一気に高回転の咆哮へと変わり、他を圧倒する獣の雄叫びを思わせた。ガーリング製ベンチレーテッド式のディスクブレーキも優秀で、文句のつけようがない。もちろんサーキットで何周も走行すれば音を上げるだろうが、これはそうした車ではない。

今回、石畳から曲がりくねった田舎道から高速道路とさまざまな状況のルートを長時間走行してみて強く印象に残ったのは、堂々たる風格と予想以上のパフォーマンス、そして運転のしやすさが、完璧に調和しているという点だった。

メキシコ・フルアは、チーロメノッティ通りで生まれた車としてコーチビルダーの手を経た最後の世代である。しかも、輝かしい性能を誇り、今でも"ジェントルマンズ・エクスプレス"の名に相応しい速さを備えている。数あるマセラティのロードカーの中でも頂点に君臨する一台。100年にわたる歴史を象徴する傑作といえるだろう。


フロントはフルアが手がけたクアトロポルテに似ている。

1967年マセラティ・メキシコ・フルア

エンジン:4719cc、V型8気筒、DOHC、ウェバー40DCNFキャブレター×4基
最高出力:300bhp/5000rpm 最大トルク:43kgm/3800rpm
トランスミッション:前進5段MT、後輪駆動
ステアリング:ボール・ナット、パワーアシスト付き

サスペンション(前):ダブルウィッシュボーン、コイルスプリング、
テレスコピック・ダンパー、アンチロールバー

サスペンション(後):リジッド式、半楕円リーフスプリング、
テレスコピック・ダンパー、トルクアーム

ブレーキ:ベンチレーテッド式ディスク
車重:1600kg 最高速度:249km/h 0-100km/h:7.9秒(推定)



マセラティ・メキシコ4200/4700
メキシコは5000GTの後継モデルとして1965年にトリノ・ショーでデビューし、66年に生産が始まったマセラティのフラッグシップモデル。5000GTは注文生産モデルであるため極めて高価であったことから1959〜65年に34台が生産されたすぎないが、メキシコはそれより規模の大きな生産が計画された。5000GTと同様に450Sコンペティションカー用ユニットから派生したV8エンジンには4.2と4.7リッターの2種がある(初代クアトロポルテと供用)。サイズは全長4.76m、全幅1.73m、WB2.64m。1972年までに250台を生産した。(Photo:Maserati Archives)

編集翻訳:伊東 和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation: Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation: Megumi KINOSHITA Words: Marc Sonnery Photography: Dirk de Jager THANKS TO the owner, to Giuliano Silli, the Frua family archivist Roberto Rigoli, Stef

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