ジャニス・ジョプリンが愛したポルシェ|オークション直前に家族と交わした言葉とは?

1964ポルシェ356C SC カブリオレ



ジャニスが愛したポルシェ

いわばロックンロール史の生き証人とでもいうべきこのポルシェはRMサザビーズのオークションにかけられたが、それに先だって私たちに試乗のチャンスが与えられた。本来であれば1マイル以上のテストドライブは決して許されないところを、マイケルとローラから特別な許可を得たこともあり、私たちだけは距離無制限で試乗することが認められた。なんという幸運だろう。

まず、車をじっくりと観察する。錆びやヘコミは一切見当たらないが、ほどよい使用感がかつてこの356をジャニスが所有していたことを偲ばせる。驚いたのはフューエルリッドを開けたときのこと。そこには怒りに満ちた男の表情が描かれていたのだ。こんなこと、いったい誰に思いつくというのか。

運転席に腰掛ける。低めのシートポジションは紛れもなく356のものだ。ステアリングホイールは巨大だが、フィーリングは極めて繊細。ふたつのダイアルを備えたラジオは小粋で美しい。パワフルな60年代のロックサウンドが聞けないかと思い、気まぐれにチューニングダイアルを回してみたが、残念ながらそれらしい音楽は聞こえてこなかった。

エンジンを始動すると、騒々しいビートルのようなエグゾーストノートがあたりに響き渡った。キャブレターはソレックスのままで、特別なチューニングは施されていないが、アイドリングは安定しきっているほか、回転を上げてもエンジン音が不当に高まることはない。シフトレバーの感触は、いかにもこの時代のポルシェらしくあいまいさを残したものだが、そのなかにかっちりとしたゲートを見つけ出せるので、素早くシフトするのは意外と難しくない。

そもそも、そんなに慌てて操作する必要があるのだろうか。世界中を探しても、これほどリラックスしてドライブできるスポーツカーは他にない。本来であれば、彼女の家族だけが知っていたオフステージのジャニスに思いを馳せながら、できるだけジェントルに運転するのが好ましい車なのである。エンジン回転を引っ張ることもできるが、全域で充分なトルクを生み出してくれるので、そんなことをする必要はない。

私たちは、ジャニスがそうしたであろう、のんびりとしたペースで356を走らせた。エンジン音が、どこか遠くのほうから響いてくる。路面のデコボコはトーションバースプリングがしなやかに吸収してくれる。日ごろ、モディファイされたモデルにばかり乗っている私たちは、スタンダードな状態の356がいかに素晴らしい車であるかを再発見することになった。

"356C SCカブリオレ"というのが、ジャニスのポルシェに与えられた正式なモデル名である。Cは356最後のシリーズであることを示しており、これは 1964年から1966年の 3年間のみ、誕生間もない911とともに販売された。SCは、356に搭載されたプッシュロッド・エンジンとしてはもっともパワフルであることを指しており(4カムのカレラ・エンジンを除く)、最高出力は90bhpに達する。そしてカブリオレは内張付きのソフトトップと実用的なウィンドウスクリーンを備えていることを意味している。これがコンバーティブルになるとソフトトップの内張はなくなり、スピードスターではウィンドウスクリーンが天地に浅いものに変わる。したがって、ジャニスがそうしたように、毎日使うのであればカブリオレがベストな選択肢ということになる。

興味深かったのは、低めのシートに腰掛けてドライブしていると、通りがかった見知らぬ誰かから手を振られるまで、この車にユニークなペイントが施されているのをうっかり忘れそうになったこと。そして、この車がもともとジャニスのものだったことに気づく人が想像以上に多かったことは、驚きであったと同時に私の心をほんのり温かくした。

ところで、どうしてローラとマイケルはこの車を手放すつもりになったのか?「この車の面倒を看るようになって、かれこれ40年以上になります。そろそろ、この車を今後も大切にして下さるどなたかにお譲りしてもいい時期でしょう」とマイケルが答えてくれた。

ジャニス・ジョプリンの356をドライブし、彼女の家族と言葉を交わすのは実にエモーショナルな体験だった。手元に置いて、丁寧にメンテナンスする価値が充分にある1台だ。
(編集部註:2015年12月10日に176万ドルで落札された)


1964ポルシェ356C SC カブリオレ
エンジン:1582cc、空冷、水平対向4気筒 OHV 最高出力:95bhp/5800rpm
変速機:4段MT、後輪駆動 
ステアリング:ウォーム式 
サスペンション(前/後):トレーリングアーム、トーションバースプリング、
アンチロールバー テレスコピックダンパー ブレーキ:ディスク(前)、ディスク(後)

編集翻訳:大谷 達也 Transcreation: Tatsuya OTANIWords:David Lillywhite Photography:Matthew Howell 取材協力:RMサザビーズ(www.rmsotherbys.com)

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