行方不明だった名車「ランチア・アウレリア」が発見され、往年の輝きを取り戻すまで

Photography:Ashley Border, Simon Clay, Paul Harmer



アメリカで発見され、検証が始まった
レースキャリアを終えた元ブラッコのアウレリアは、1955年頃に『Road & Track』誌に売却広告が出され、ロサンゼルスにたどり着いた。発見されたとき、フロントウィンドウに1963年のアリゾナ州安全点検証が貼られていたことから、しばらくは米国西部にあったと思われる。市場に出たのはミズーリ州で行われた、あるガレージの在庫一掃セールの時であった。素性が明らかでなくても注目が集まって価格は上昇した。

トゥリージはこう振り返っている。「友人から電話をもらった。ルーフの低いアウレリアがアメリカにあるというんだ。私は偽物に違いないと思ったが、それでもすぐに飛行機に飛び乗って見にいたよ。それはすべてのディテールが正しかった」

トゥリージは思い切ってこの車を購入し、イタリアへと送った。そして、中継地のイギリスでの検証で本物であることが立証された。3本目のワイパー用の切り欠き、ボンネットの穴、可変リアダンパー用の操作レバー、低いルーフ、切開を受けたフェンダーなど、あらゆる証拠が揃っていた。

そのときの姿は、シリーズ2のホイールに大きすぎるタイヤを履き、ボディ後部が奇妙に盛り上がった姿で、白い塗装はあちこち剥がれ、ボディがロープで補強されていた。ダッシュボードはごく初期型で、360度に文字が並ぶサンバースト式のメーターはひどく色褪せていた。フロントウィンドウ上部のドライバー側にはくり抜かれた部分があった。これこそ3本目のワイパー用モーターを取り付けていた証だ。フロントでは外部は修復されていたものの、内部構造にダメージが残っていて、これが1951年カレラでの事故後の写真と合致した。フェンダーのラインもぴったりで、フロントシュラウドとボンネットの先端にはドリルで開けた穴を埋めた痕跡があり、これも初期の写真に写るボンネットストラップの位置と一致した。

ボンネットを開けると、バルクヘッドに刻まれていたのは、エンジンナンバーB201009*3とシャシーナンバーB20*1010。まさにブラッコの車のナンバーだった。エンジンはオリジナルそのままに見える状態で、正当なソレックス製キャブレター2基とオリジナルのエアスクープを備えていた。パフォーマンス上ほぼ唯一のアップグレードといえるナルディ製フロアシフトもあった。売買を仲介したマーク・ドナルドソンは、エンジンナンバーについてこう話す。

「当時イタリアでは、エンジンとシャシーのナンバーがセットでなければ認可を得られなかった。そのため、ランチアでエンジンを換装しても、オリジナルのナンバーを付けて戻ってきたんだ。おそらくル・マン24時間では新しいエンジンを使い、カレラのような長距離レースに向けても換装しただろう。したがって、"1009*3"の刻印からこれが3基目のエンジンである可能性は非常に高い。私たちは疑問点がないか詳細に調べたが、細部に至るまですべてが正しかった」



レストア前のアウレリア。過去を示す証拠はわずかだったが、詳細な調査によって、フェンダーとルーフのモディファイの痕跡や、3本目のワイパー用マウントなどが見つかった。

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編集翻訳:伊東 和彦(Mobi-curators Labo.)Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Translation:Megumi KINOSHITA Words:Paul Hardiman 

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