カウンタックを手がけたマルチェロ・ガンディーニがベルトーネ・シビロで蒔いた未来の種

ベルトーネ・シビロ



シビロの名に込めた思い
ショーのあと、ミュージアムには残されたものの、それもベルトーネが2011年に危機に瀕するまでだった。シビロは売られたのだ。他の6台の作品とともにミュージアムをあとにしたシビロは、同年5月に開催されたRMオークションのヴィラ・デステに出品され、9万5200ユーロで落札された。現在、シビロはコラード・ロプレストという人物のもとで、何台かのワンオフモデルなどとともに適切に保管されている。

そもそも建築に関するコレクターである彼は、これまでなぜシビロをショーやコンクールに出さず、門外不出の状態にしてきたのだろうか。それは、シビロという車が歴史の一部分として埋もれるのではなく、まだ人に感銘を与えられる存在であると信じて疑わなかったからである。初めて目にする人にはまだまだ未来的に見えるし、実際、ハリウッドのちょっとおぞましげな映画に使われたことがある。シビロはアーノルド・シュワルツェネッガー監督の『トータル・リコール』にヒーローの車に最適との理由で一発で選ばれたのだ。とにかく、シビロはけっしてかわいい車ではなく、親近感を与えるわけでもないが、ハマる車であることは確かである。

もうひとつ、シビロは写真から想像するほど実際はコンパクトではなく、また存在感のある車でもないが、スタイリングに関しては初期のストラトスの延長線上にあることは理解できる。ポップアップ式のヘッドライトや、超幅広なピレリP7をカバーするために外側に張り出したブリスターフェンダーがそれを物語る。エアスクープやスポイラー、NACA式エアダクトなどのアイテムはこの時代の車ならどれも取り入れているものだが、ルーフに向かって伸びるAピラー上のラインはこの車だけの特徴である。じつはこれはワイパーなのである。普段はピラー上にあるワイパーは、作動時には直立したまま、もう一方のピラーまで横に走る構造となっていた。『アイデアのショールーム』の面目躍如だ。

エンジンの整備性は生産型のストラトスと比べるとけっしてよいとはいえない。ストラトスでは後端にある1枚の板を上げて整備の手を入れたが、シビロではリアウィンドウごと持ち上げる。だからオイルキャップやバッテリーには手が届きやすいが、そのほかはまるでだめだ。きちんと整備するにはボディの後ろ半分をそっくり外さなければならず、手間がかかる上にその重さゆえ、少なくとも男手2人は要る。

興味深いことに、ベルトーネはシビロがデフォーマブル・ストラクチャーを有していることと、近年制定されたバンパーの安全基準を満たしていることを最近になって主張している。限定車であるにもかかわらず、安全装備にまで気を配って作ったことを言いたかったのだろう。誰でもプロトタイプみたいな車は仕上げが完全でなく、ましてやこの車のキモであるガラスとスチールの接合がちゃんと施工されているとは思わないはず。『シビロ』とは口笛とか風のささやきを意味するほかに物体が移動する音を表わすイタリア語だが、物がスッと動く、つまり音を立てずに動くほど工作精度が高いということも、ベルトーネは車名から伝えたかったのではないだろうか。

フィアットと化学会社のICIはシビロが製作されているときに、同じような形態の安全志向車をコラボ製作していた。だから『Car』誌はそのとき「アイデアはよく、潜在力も充分だ。そして(シビロの)ボディシェイプは直線的である。これは安い製造コストで作ったことをアピールするものだ。いつかはこういうやり方が認められると信じて。実際、今日非常識と思われていた車が明日には現実の車になる。少なくとも部分的には将来活かされるだろう」という記事を載せた。今日、ガラスを構造体として使っている量産車は数多くあるが、これはシビロの遺産と解釈すべきである。

シビロがいかに小さな世界で生きていようと、私たちがまだ愛してやまない理由はそうした開拓の精神である。それが何に結びついたのか、あるいはまったく形にならなかったのかは別として、そこから受け継いだものが恐ろしいほどの価値をもったときこそ、シビロは脚光を浴びてほしい。しかしそうならなくても、コンセプトカーデザインに対していくつもの未来の種を蒔いたベルトーネとガンディーニには拍手喝采を送るべきだろう。1978年のトリノでベールを脱いだ他のコンセプトカーを思い出せばその理由がわかる。イタルデザインのM8はいまでも心のベルを鳴らすだろうか。ピニンファリーナ・エコスはどうか?

そんなことはないだろう。理由はいうまでもない。それらには将来につながるものがないからだ。

ベルトーネもガンディーニも36年の間に愚かな行為を繰り返したことは否定できない。ベルトーネはその結果、現在の窮乏ぶりに陥ったし、ガンディーニも90年代にカーデザインの世界からドロップアウトしてしまったのは残念としか言いようがない。彼らのようなカロッツェリアやデザイナーの復権がないかぎり、これからの自動車界に新しい風は吹きそうにない。



1978年ベルトーネ・シビロ
エンジン:V型6気筒 DOHC 2419cc 横置きミドシップウェバー40IDFキャブレター×3基
最高出力:240bhp/7000rpm 最大トルク:166lb ft/(約23kgm)4000rpm
トランスミッション:5段マニュアル 後輪駆動 ステアリング:ラック・ピニオン
サスペンション(前後とも):ダブルウィッシュボーン/コイルスプリングテレスコピックダンパーアンチロールバー
ブレーキ、ディスク重量:未発表 動力性能:未発表



ベルトーネが1976年に発表したデザインスタディのアルファロメオ・ナヴァーホ。ティーポ33のシャシーに架装した(Photo: Bertone Archives)


編集翻訳:尾澤英彦 Transcreation:Hidehiko OZAWA Words:Richard Heseltine Photography:Mark DixonThanks to:Corrado Lopresto and Massimo Delbò

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