カウンタックを手がけたマルチェロ・ガンディーニがベルトーネ・シビロで蒔いた未来の種

ベルトーネ・シビロ



似て非なるその造形
美的価値とは人それぞれが決めるもの。シビロにポエティックな美しさは誰も感じないかもしれないが、一度見たら忘れられないスタイルであることは確かだ。事実、シビロはデビューした1978年のトリノ・ショーではけっして賞賛の的にはならなかった。それは当時のイタリアが政治的かつ社会的に不安定な状態に陥っていたこともあるが、シビロの製作途中に下請けの会社が倒産してしまったことも一因である。そもそもシビロを作ろうという奇抜な着想が持ち上がったとき、通常のスチールボディとグラスハウスをうまく融合させることがメインテーマとされたが、ほかにも新しいアイデアが盛り込まれた。さながらシビロはアイデアのショーケースのような存在だったのである。ボディラインが途切れない連続したフォルムは、ベルトーネによれば「分割した線のないひとつの彫刻」であるのだ。それを形にしたのはデザインチーフのガンディーニである。彼の狙いは、見る者の視界からグリーンハウスをなくすことであり、車そのものをひとつのブロンズ像とすることにあった。彼はよくピーモント地方のデザイン学校時代の同窓生フランコ・スカリオーネと比較されるが、人も作品も優等生的なスカリオーネとは対照的に、独学志向のガンディーニは掟破りでリスクを気にせず、約束事やしきたりにはあまり頓着しない人間であった。

ガンディーニの名を高めたストラトス・ゼロ・コンセプトは、1970年代を象徴する折り紙細工フィーバーの火付け役として知られる。ところがそのストラトスもプロダクションモデルとなると、開発の最後まで関わったにもかかわらず、ランチアの公式な声明ではガンディーニの作と認めていない。また、シビロもストラトスからの派生モデルとしている。両者は暗黙の上で了解しているというが、なんとも釈然としないのは私だけではないだろう。

シビロのドナーカーとなったのは、ランチア・ストラトスの究極の発展モデルともいえるラリー仕様である。ベルトーネはシビロを製作するにあたって、シャシーナンバーS12201のストラトスを購入した。ランチア・スクアドラ・コルセから中古で購入したそれは、フルスペックのコンペティション仕様であり、そのディーノV6エンジンはワークス・フェラーリが仕立てたことを表わす"SC"の刻印が押されたものだった。

こうした車をコンセプトカーのベース車にすることは今日の目で見ると理解しがたいが、1977年から78年にかけて、ランチアの親会社フィアットが国際ラリーへのワークス参戦の武器を、ストラトスから131アバルトに変えたことを思い出すとよい。ご用済みとなったストラトスだからベルトーネは入手できたのだろう。しかし、同じホイールベースの中に3.9インチ(約10cm)も幅を拡げたプラットフォームを押し込め、いっぽうではストラトスとしての形態を保持しなければならない、そんなラリー仕様がベース車両なのだから、シビロは『この世でもっとも広いサイドシル』を持つ車になったのかもしれない。


シンプルなダッシュボードは、埋め込まれた細長いデジタル表示のインストルメンツが2つあるだけ。ドライバーは、ディスク状のステアリングホイールの向こう側にある溝に指を入れて"円盤の外周"を掴む

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編集翻訳:尾澤英彦 Transcreation:Hidehiko OZAWA Words:Richard Heseltine Photography:Mark DixonThanks to:Corrado Lopresto and Massimo Delbò

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