航空機用エンジンを積み1000馬力で走るモンスターの正体とは

ジョン・ドッド製作1981年"ビースト"

27リッターV12航空機エンジン、公表出力1000bhp、 1.28km/Lの燃費。人々がこの車をビューティではなくビーストと呼ぶのも頷ける。

マスタング・マッハ1を引き延ばしたかのような車が、太陽の中からバトル・オブ・ブリテンのような不気味な音をたてて現れた。ロンドン・ビギン・ヒル空港からほど近いこの場所に相応しい登場だ。耳障りな音と濃いエグゾーストガスを撒き散らしながら、轟音を響かせてパドックに入ってきた。その異様な外観だけでなく、ボンネットを開け、そこに押し込まれた第二次大戦の名機、スピットファイアのV12エンジンを見ると、この車の本当の恐ろしさに気付く。

ロールス・ロイスには迷惑な挑戦
この醜いモンスターは長いあいだ行方不明だった。オーナーのジョン・ドッドは、この車をロールス・ロイスと勝手に名乗ったことで、同社との間で著作権問題を起こし、その後、スペインに移住して40年以上、このビーストは眠っていた。その経緯を簡単に記せば、ドッドはロールス・ロイス・マーリンV12エンジンを搭載したスペシャルを製作、車名をロールス・ロイスとして登録してしまったのだ。これに対して、誇り高きロールス・ロイスが訴えたのである。ドッドは「これは私ではなく、裁判所が決めたことだ」と主張し続けた。

1975年、ドッドはフォード・カプリMk.1をベースにスピットファイア・エンジンを搭載した車を製作、ロールス・ロイスとして登録した。ところがこの車はスウェーデンでのショーに出品した帰路に火事で消失してしまった。この時、ロールス・ロイスの人々は安堵したに違いない。だが、ドッドはこのプロジェクトを諦めることなく、ファイバーグラス・リペアーズの助けを借り、2台目を造ってしまった。

2号車は、オリジナルのシャシーを用い、奇妙なボディには8個のヘッドランプを備えていた。2台目も1台目と同様に商標を侵害されたと考えたロールス・ロイスは訴訟に持ち込み、ドッドはそのロールス・ロイスのシンボルを付けたビーストで最高裁へ向かった。

1981年、ロールス・ロイス社は、ドッドがロールス・ロイスのグリルを備えることを禁じる差し止め命令を勝ち取った。ドッドは5000ポンドの罰金に加え、その命令を無視したことによる罰則として、さらに5000ポンドを支払わねばならなかった。1981年6月、ドッドの罰金が『デイリーエクスプレス』紙で明らかにされるまでに、新聞に発表される公表最高出力と最高速度の数字は膨れ上がり、ついには800bhp、260mph(約418km/h)と報じられるようになった。この頃48歳になっていたドッドはこれにうんざりし、ビーストとともにスペインに移住してしまった。

2014年10月、円形の紙でできた道路税支払証明書が段階的に廃止となる前、ビーストは再び英国に姿を現した。わざわざやってきたのは、ロールス・ロイスと書かれた道路税支払証明書の手続きのためだった。フロントに鎮座していたRRシルバーシャドーのグリルはすでに取り外されていた。全長が180cmもあるV12エンジンを搭載し、自動車らしい姿にまとめあげるのは困難な作業だっただろう。テールライト(2セット!)はカプリMk.1 1/2の純正品、ドアはMk.3コルティナまたはゼファー、またはマスタングのものだ。ラジエターは"ピアノサイズ"で15cmの厚みがあり、3本のサイドベントからはとてつもない熱を吐き出しているが、「マラガでオーバーヒートを起こさなかったから、どこでも大丈夫さ」とドッドはいう。


ビーストの全長は約5.5m、ロングホイールベースのロールス・ロイス・シルバーシャドーと同じくらいだが、大部分のスペースは人が乗るためではなく、27リッターV12エンジンに使用されている。贅沢な内装はワンオフ

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編集翻訳:伊東 和彦(Mobi-curators Labo.) Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.)  原文翻訳:渡辺 千香子(CK Transcreations Ltd.) Translation:Chikako WATANABE (CK Transcreations Ltd.)  Words:Paul Hardiman Photography:Paul Harmer

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